遥かに大きな視野

今回のW杯関連では、もう書くこともないかと思っていましたが、何となく現在の状況〜後任の監督人事や、記事で見かける一般的な今回のW杯の総括に違和感があるので、もう少しだけ続けます。まあ、あまり読む人もいないのですが(苦笑)、単純に自らの気が済まないので。


まずは、ファンや関係者への感謝と共に、前監督への礼儀を公共の手段を使って示している選手たちがいたというのは、傍観者にとっても嬉しいことでした。


ただ、現監督と今のチームで全力を出し切った満足感とは別の次元で、「個人としては、あなたと一緒にも、W杯を戦ってみたかった」と前監督に言ってくれる選手がいなかったことは少し寂しい気がします。日本人に合っている・いない云々を超え、もっともっと広い視野で、一人のサッカー選手として、前監督の求めた厳しい「つまらない」サッカーに全力で挑戦すること、それをチームとしてうまく機能させることに純粋にやりがいを覚えていた選手たち、その方法を信じてW杯までついていこうと食らいついていた選手たちも、確かにあの集団内には存在していたように見えていましたので。……まあ、もし本当にいたとして、そういう選手は、公共の手段などを使わずに直接伝えるでしょうから、私たちが知らないだけかもしれないですけれど(苦笑)。


記事をさらりと見ただけですが、個人的には酒井宏樹選手のさりげない感謝の仕方に、少しだけそういった感じが現れていたようにも思え、プレーや言動とも合致して素敵だなと思わされました。



さて、それはさておき、今回の本題です。
ベルギー戦の興奮や感動が去った後で、やはり個人的に感じるものは、何ともいえない後味の悪さです。あれ程の選手たちの頑張りを見て心動かされ、選手たちやスタッフの方々に敬愛の念を抱かされたにも関わらず、なぜ後味が悪いのかといえば、その全てにまつわる事実が、うやむやのまま歪められ、混同されたままになっているからではないかと思います。


一時の興奮が去り、世は後任人事にむけ総括を始めているようですが、それに絡めて、前監督解任の是非に関して一般に目にするのは、現監督の手腕は素晴らしい、前監督のままだったら同じような結果は望めなかった、前監督の一定の成果は認めるものの、日本人には合わなかった、監督解任は正しかった、という総括でしょうか。


個人的には、まったく逆に、前監督のまま集団が上手くまとまっていれば、もっと良い結果が得られたはず、故に協会がとるべきだった道は、前監督を徹底的にバックアップすることであり、解任は正しくなかった、と思っています。そして、そう考えている人も、現在の風潮の中では声を上げにくいだけで、数多くいるのだと思います。



が、現実的には、上記はどちらも正しくないと思うのですね。


前監督を直前で解任した時点で、「前監督の下でW杯で得られたであろう成果」に関して断言できる唯一の事実は「それを知ることは永遠に無い」だけです。故に、今回のW杯の結果を見て、前監督の積み上げてきたものが、成功だったのかそうではなかったのかを、純粋に外部から判断することは不可能で、それをしようとすることは不毛以外のなにものでもないということです。ですから、前監督について実のある議論が可能なのは、解任までの現実についてと、その成果として認識することができる実際の選手たちの能力についてのみであり、解任以降の「前監督だったら」というたらればを議論に含めては奇妙なことになってしまいます。そこの部分に関しては、判断すべき現実がないのですから。


さらに言えば、前監督はW杯で結果を出すという機会を奪われているのですから、そこの部分に関して外野がとやかく言うことはフェアではありません。前監督の本当の功績は、今では、選手たち自身の実感の中にしかないのではないでしょうか。


「就任二ヶ月でW杯を戦った現監督の成果」に関しても同様です。4年間この日本人監督だったらもっと良い結果だったはずという安易な意見が当然出てくると思いますが、現監督は、あくまで別の人間の手による、ある時点までの成果(良い部分も悪い部分も)を引き継ぎ、最後の二ヶ月の部分を請け負った、というだけです。ですから、「そこまでの3年半に彼がしたであろう準備と育成」を現実として知ることは出来ず、甘い想像の域を超えることは決してありません。故に、その部分を今回のW杯の結果から想像して総括することは不毛なのですね。現監督の功績について議論する際には、就任以前の「別の人間が主導していた過去」という現実を無視することは出来ないのですから。(逆に、彼に関しては、実際のW杯での戦いぶりという現実は徹底的に検証されるべきです)



ですから、上記から派生する、日本人監督・外国人監督の是非論は、よほど注意して進めなければならないはずです。


そもそも、今回のW杯の結果を材料にして、日本人監督が良い、外国人監督が良い、という議論をすることは難しいのですよね。というよりも、現実的に、価値のある総括は出来ないのではないかと思います。「前監督という外国人監督が3年間積み上げてきたもので、日本というチームがどれだけ戦えるのか」という問いの答えは、永遠に出ることはないと割り切らねばならず、日本人監督の出した「成果」を評価する際には、外国人監督が担った長い準備期間に頼りすぎている、という事実を認識しなければなりませんから。


今回のW杯の結果を以って素直に総括ができるのは、「ハリルホジッチ氏という外国人監督を不透明な理由で直前解任し、新監督に内情を知っている日本人の西野氏を据えた場合」の成果だけ、ということです。繰り返しますが、電撃解任の日を境にして、前監督(外国人監督)には「そこから日本のW杯終了に至るまでの未来」という判断材料がなく、現監督(日本人監督)には「前回大会から前監督解任に至るまでの監督としての過去」という判断材料がないのですから。前監督はW杯で3敗していたかもしれませんが、もしかすると現監督では出場権が奪えなかったかもしれません。もうこの時点で、不毛な議論になってしまいますよね。



個人的には、どちらにしても一貫した総括が得られない方向へ、直前になって舵を切った会長の決断にどれほどの価値があったのか疑問ですし、故に、今、最も有益な論点は「どうしてこれほどまでに、実のある総括をすることが出来ない現状が作り出されてしまったのか」だと思っています。まずは、そこをきちんと直視して今回のW杯を考えることで、やっと実のある総括・議論に繋がっていくのではないでしょうか。



今回のW杯は、二つに分けて検証し、総括する必要があるように思えます。


一つは、そもそも何故前監督を解任するに至ったのかの検証。
これはチームがある程度の結果を出したことで、今では協会が打ち出した「監督と選手のコミュニケーション不足」ということに落ち着いていますが、それが事実であったかどうか、本当はどういう経緯で解任に至ったのかはまったく検証されていません。前監督の訴訟がどのようになるのかわかりませんが、まずは、ここの経緯と因果関係をはっきりとさせるべきです。奇妙に行ったり来たりする世論の中、前監督にとっては厳しい訴訟になってしまうのかもしれませんが、もし司法が世論を忖度せず公平に真実を見出してくれるのであれば、個人的には、ここはきちんと裁判をすべきと願っています。


(ところで、前監督の解任の正当性を後押しするように、大会期間中に、前監督の時にはこれだけ専制的で厳しかった、それと比べ現監督下では雰囲気がよくコミュニケーションがとれる、というような論調の記事ばかりを目にしましたが、この二つをそもそも同じ土俵にのせて考えるのは公平ではありません。現監督が、まったくそれまでの事情に明るくないのであれば、まだ比較する意義はありますが、そもそも彼は前監督下にいた内部の人間で前監督下の状況を知っており、それと比較して「同じ轍を踏まない、反例とする、真逆の方法をとる」といった事前情報のメリットがあったのですから)


解任に至る経緯がきちんと解明されなければ、外国人監督では難しかったという議論に進むことはできません。個人的には、もしかすると通訳の質に問題があったのかもしれないとは思いますが(通訳というのは本当に重要な要素ですので)、そもそも、日本人・外国人ということとはまったく関係ない理由による解任だったようにも見えますので。もし、日本人の感覚が分からなかった、というのが事実であれば、それは日本サッカーの発展のためには「悪しき」日本の感覚であって、そんなものはむしろ無視して戦ってくれる監督の方がメリットが大きかったかもしれませんから。


……というか、何故、この騒動の後の、後任監督候補がクリンスマン氏なのでしょうね……。それであれば、仮に惨敗したとしても、ハリルホジッチ監督で今W杯を戦った方が、少なくとも一つの同じような試みに対する検証結果を、これからまた4年待つことなく、今の段階できちんと得ていたはずですのに……。



もう一つは、今大会、どうやってチームがW杯で戦える集団へと変化できたのか、ということの、合宿開始後からの正確な経緯の検証です。
これは、選手達の自主性と努力、前監督の遺産、現監督の監督らしからぬ質、ちょっとした「怪我の功名」、そういったものが複雑に絡み合って生まれたものだと思いますから、単純に現監督の手腕としてしまっては危険です。そこを丁寧に検証することで、今後の日本代表に必要な人材がわかってくるのだと思うのです。


それと併せてすべきことは、今回の現実の戦いぶりを冷静に解析し、実際に何が最も有効に通用し何が通用しなかったのか、そしてそれぞれの因果関係(通用したものはどうやって得られ、通過しなかったものはなぜ得られなかったか)を明確にする事です。


同時に、劇的な逆転で敗退した後に浮き彫りになった、世界と比較した時の日本代表の課題を、実際に前監督が掲げていた課題、実際に前監督が今大会で敢行しようとしていた物事と、冷徹に付き合わせて比較すべきです。若手発掘の急務、世代交代の必要性、個人の力の底上げ、 日本人に合った戦い方の確立、世界的な戦い方への視野と対応、少しのずる賢さ、徹底的な戦術理解の共有。感情的にならず、前監督のイメージや思い込みを排除し、事実と意図だけを冷徹に見て課題と付き合わせれば、これらは驚くほど合致するはずです。そして、なぜ、これを現実で、今大会敢行することができなかったのか、これを徹底的に解明すべきです。


今大会は良くも悪くもベテランの大会、ブラジルのリベンジ大会に終始しましたが、それを貫いたことで得られた日本的感動と引き換えに日本が失ったものが何なのか、どれほど大きなものが失われたのか、単なる空想としてではなく、実を持った解釈として見えてくるかもしれません。



個人的には、今大会、サッカーそのものの部分で最もチームを牽引していたように見える香川選手の、ベルギー戦後のインタビュー記事の言葉に、多くのことが含まれているように感じます:


「普通に考えて、2ヶ月前に監督が解任になる、ましてや僕らみたいに弱いチームが今まで築き上げてきたものがゼロになるというなかで、チームがひとつになるというのは本当に難しいことでした。だけど、年齢が上の選手を含めて、みんながチームのために日々をおくっていましたし、だからこそこの結果が生まれたと思う。そういうチームワークが、あらためて僕たちの強みだと感じますし、そこは本当に誇りになります」


この言葉で注目されてしまうのは、チームワークが強みという部分だと思いますが、それよりも、「僕らみたいに弱いチームが今まで築き上げてきたものがゼロになるというなかで、チームがひとつになるというのは本当に難しいことでした」という部分が、今回のW杯前から大会までの一連の出来事の、一選手としての立場から捉えた現実を、よく表現しているのではないかなと思っています。


監督の解任=今まで築き上げてきたものがゼロになる、その中でチームがひとつになるのは難しいことだった、と。これは、会長判断が、本来必要のない負担を選手たちに課した/強いた、ということで、その中で、一部の選手たちが中心となってひとつになるきっかけを作り、以降、選手たちが歯を食いしばって結果を出したということに他ならないと思うのです。これを、単なる表層のイメージに流されて「監督交代の好判断のおかげで、チーム崩壊の危機から一転、16強の結果が出た」ということには、決してしてはならないと思うのです。前監督にはもちろんのこと、何よりも、結果を出してくれた選手たちにとって、これほど失礼なことはないと、個人的には強く、強く思っていますし、これが2度と繰り返されてはならないとも思います。(だからこそ、監督解任の決断に至った理由が、きちんと解明されるべきと思うのです)。


本来であれば「今まで4年間で懸命に築き上げてきたものの上に、一人の監督の指導のもと、選手としてもっともっと戦える準備を上乗せして、そこにチームワークという強みを持ち込み、W杯で8強、そしてそれ以上を目指したかった」はずです。それを、「直前になって、確固としたビジョンのある指導者が不在の中で、ゼロになったものを短期間で一から作り直し、結果を出さなければならない=選手達が、選手として以上のことを、多くやらなければならない状況に追い込んだ」というのが、会長が選手達にしたことなのではないでしょうか。会長が直前の監督解任という愚行に走ったつけを、選手達が必死で払い、取り返した、と。もちろん、そこの苦しみや足掻きから生まれてきた貴重な成果や結束も多くあったかと思います。が、もしかすると、その直前のマイナススタートのために、8強に手が届かなかった、とも言えるのかもしれません。



個人的には、だからこそ、もし、選手達の中に、現監督と現チームで全力を尽くした満足感・達成感とは別の次元で、感謝ではなく、純粋に前監督とW杯を戦ってみたかったと感じている選手がいたとしたら、それをプライベートでではなく、表立って表現して欲しかったと思うのです。何よりも、自分たちのため、それと後進たちのために、です。たったそれだけで、評論家達が何を述べるよりも強い現場のメッセージが世に伝わり、奇妙な方向に傾きかけている日本のサッカーの未来に、大きなターニングポイントをもたらすのではないかなと。もしかすると、そのほうが訴訟よりももっとずっと確実な真実を、世に示すことになる気がしてなりません。


今となっては、感情や友情や涙や、そういった日本的な感傷ばかりが目立ちますが、それよりももっと大きな視野を持つ、一人のサッカー選手としての純粋な「前監督と一緒に戦ってみたかった」という意思表明のようなもの、それが、今回のW杯の後味の悪さと未来への暗雲を、綺麗に拭い去ってくれるように思えてなりません。



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