遥かに大きな視野

今回のW杯関連では、もう書くこともないかと思っていましたが、何となく現在の状況〜後任の監督人事や、記事で見かける一般的な今回のW杯の総括に違和感があるので、もう少しだけ続けます。まあ、あまり読む人もいないのですが(苦笑)、単純に自らの気が済まないので。


まずは、ファンや関係者への感謝と共に、前監督への礼儀を公共の手段を使って示している選手たちがいたというのは、傍観者にとっても嬉しいことでした。


ただ、現監督と今のチームで全力を出し切った満足感とは別の次元で、「個人としては、あなたと一緒にも、W杯を戦ってみたかった」と前監督に言ってくれる選手がいなかったことは少し寂しい気がします。日本人に合っている・いない云々を超え、もっともっと広い視野で、一人のサッカー選手として、前監督の求めた厳しい「つまらない」サッカーに全力で挑戦すること、それをチームとしてうまく機能させることに純粋にやりがいを覚えていた選手たち、その方法を信じてW杯までついていこうと食らいついていた選手たちも、確かにあの集団内には存在していたように見えていましたので。……まあ、もし本当にいたとして、そういう選手は、公共の手段などを使わずに直接伝えるでしょうから、私たちが知らないだけかもしれないですけれど(苦笑)。


記事をさらりと見ただけですが、個人的には酒井宏樹選手のさりげない感謝の仕方に、少しだけそういった感じが現れていたようにも思え、プレーや言動とも合致して素敵だなと思わされました。



さて、それはさておき、今回の本題です。
ベルギー戦の興奮や感動が去った後で、やはり個人的に感じるものは、何ともいえない後味の悪さです。あれ程の選手たちの頑張りを見て心動かされ、選手たちやスタッフの方々に敬愛の念を抱かされたにも関わらず、なぜ後味が悪いのかといえば、その全てにまつわる事実が、うやむやのまま歪められ、混同されたままになっているからではないかと思います。


一時の興奮が去り、世は後任人事にむけ総括を始めているようですが、それに絡めて、前監督解任の是非に関して一般に目にするのは、現監督の手腕は素晴らしい、前監督のままだったら同じような結果は望めなかった、前監督の一定の成果は認めるものの、日本人には合わなかった、監督解任は正しかった、という総括でしょうか。


個人的には、まったく逆に、前監督のまま集団が上手くまとまっていれば、もっと良い結果が得られたはず、故に協会がとるべきだった道は、前監督を徹底的にバックアップすることであり、解任は正しくなかった、と思っています。そして、そう考えている人も、現在の風潮の中では声を上げにくいだけで、数多くいるのだと思います。



が、現実的には、上記はどちらも正しくないと思うのですね。


前監督を直前で解任した時点で、「前監督の下でW杯で得られたであろう成果」に関して断言できる唯一の事実は「それを知ることは永遠に無い」だけです。故に、今回のW杯の結果を見て、前監督の積み上げてきたものが、成功だったのかそうではなかったのかを、純粋に外部から判断することは不可能で、それをしようとすることは不毛以外のなにものでもないということです。ですから、前監督について実のある議論が可能なのは、解任までの現実についてと、その成果として認識することができる実際の選手たちの能力についてのみであり、解任以降の「前監督だったら」というたらればを議論に含めては奇妙なことになってしまいます。そこの部分に関しては、判断すべき現実がないのですから。


さらに言えば、前監督はW杯で結果を出すという機会を奪われているのですから、そこの部分に関して外野がとやかく言うことはフェアではありません。前監督の本当の功績は、今では、選手たち自身の実感の中にしかないのではないでしょうか。


「就任二ヶ月でW杯を戦った現監督の成果」に関しても同様です。4年間この日本人監督だったらもっと良い結果だったはずという安易な意見が当然出てくると思いますが、現監督は、あくまで別の人間の手による、ある時点までの成果(良い部分も悪い部分も)を引き継ぎ、最後の二ヶ月の部分を請け負った、というだけです。ですから、「そこまでの3年半に彼がしたであろう準備と育成」を現実として知ることは出来ず、甘い想像の域を超えることは決してありません。故に、その部分を今回のW杯の結果から想像して総括することは不毛なのですね。現監督の功績について議論する際には、就任以前の「別の人間が主導していた過去」という現実を無視することは出来ないのですから。(逆に、彼に関しては、実際のW杯での戦いぶりという現実は徹底的に検証されるべきです)



ですから、上記から派生する、日本人監督・外国人監督の是非論は、よほど注意して進めなければならないはずです。


そもそも、今回のW杯の結果を材料にして、日本人監督が良い、外国人監督が良い、という議論をすることは難しいのですよね。というよりも、現実的に、価値のある総括は出来ないのではないかと思います。「前監督という外国人監督が3年間積み上げてきたもので、日本というチームがどれだけ戦えるのか」という問いの答えは、永遠に出ることはないと割り切らねばならず、日本人監督の出した「成果」を評価する際には、外国人監督が担った長い準備期間に頼りすぎている、という事実を認識しなければなりませんから。


今回のW杯の結果を以って素直に総括ができるのは、「ハリルホジッチ氏という外国人監督を不透明な理由で直前解任し、新監督に内情を知っている日本人の西野氏を据えた場合」の成果だけ、ということです。繰り返しますが、電撃解任の日を境にして、前監督(外国人監督)には「そこから日本のW杯終了に至るまでの未来」という判断材料がなく、現監督(日本人監督)には「前回大会から前監督解任に至るまでの監督としての過去」という判断材料がないのですから。前監督はW杯で3敗していたかもしれませんが、もしかすると現監督では出場権が奪えなかったかもしれません。もうこの時点で、不毛な議論になってしまいますよね。



個人的には、どちらにしても一貫した総括が得られない方向へ、直前になって舵を切った会長の決断にどれほどの価値があったのか疑問ですし、故に、今、最も有益な論点は「どうしてこれほどまでに、実のある総括をすることが出来ない現状が作り出されてしまったのか」だと思っています。まずは、そこをきちんと直視して今回のW杯を考えることで、やっと実のある総括・議論に繋がっていくのではないでしょうか。



今回のW杯は、二つに分けて検証し、総括する必要があるように思えます。


一つは、そもそも何故前監督を解任するに至ったのかの検証。
これはチームがある程度の結果を出したことで、今では協会が打ち出した「監督と選手のコミュニケーション不足」ということに落ち着いていますが、それが事実であったかどうか、本当はどういう経緯で解任に至ったのかはまったく検証されていません。前監督の訴訟がどのようになるのかわかりませんが、まずは、ここの経緯と因果関係をはっきりとさせるべきです。奇妙に行ったり来たりする世論の中、前監督にとっては厳しい訴訟になってしまうのかもしれませんが、もし司法が世論を忖度せず公平に真実を見出してくれるのであれば、個人的には、ここはきちんと裁判をすべきと願っています。


(ところで、前監督の解任の正当性を後押しするように、大会期間中に、前監督の時にはこれだけ専制的で厳しかった、それと比べ現監督下では雰囲気がよくコミュニケーションがとれる、というような論調の記事ばかりを目にしましたが、この二つをそもそも同じ土俵にのせて考えるのは公平ではありません。現監督が、まったくそれまでの事情に明るくないのであれば、まだ比較する意義はありますが、そもそも彼は前監督下にいた内部の人間で前監督下の状況を知っており、それと比較して「同じ轍を踏まない、反例とする、真逆の方法をとる」といった事前情報のメリットがあったのですから)


解任に至る経緯がきちんと解明されなければ、外国人監督では難しかったという議論に進むことはできません。個人的には、もしかすると通訳の質に問題があったのかもしれないとは思いますが(通訳というのは本当に重要な要素ですので)、そもそも、日本人・外国人ということとはまったく関係ない理由による解任だったようにも見えますので。もし、日本人の感覚が分からなかった、というのが事実であれば、それは日本サッカーの発展のためには「悪しき」日本の感覚であって、そんなものはむしろ無視して戦ってくれる監督の方がメリットが大きかったかもしれませんから。


……というか、何故、この騒動の後の、後任監督候補がクリンスマン氏なのでしょうね……。それであれば、仮に惨敗したとしても、ハリルホジッチ監督で今W杯を戦った方が、少なくとも一つの同じような試みに対する検証結果を、これからまた4年待つことなく、今の段階できちんと得ていたはずですのに……。



もう一つは、今大会、どうやってチームがW杯で戦える集団へと変化できたのか、ということの、合宿開始後からの正確な経緯の検証です。
これは、選手達の自主性と努力、前監督の遺産、現監督の監督らしからぬ質、ちょっとした「怪我の功名」、そういったものが複雑に絡み合って生まれたものだと思いますから、単純に現監督の手腕としてしまっては危険です。そこを丁寧に検証することで、今後の日本代表に必要な人材がわかってくるのだと思うのです。


それと併せてすべきことは、今回の現実の戦いぶりを冷静に解析し、実際に何が最も有効に通用し何が通用しなかったのか、そしてそれぞれの因果関係(通用したものはどうやって得られ、通過しなかったものはなぜ得られなかったか)を明確にする事です。


同時に、劇的な逆転で敗退した後に浮き彫りになった、世界と比較した時の日本代表の課題を、実際に前監督が掲げていた課題、実際に前監督が今大会で敢行しようとしていた物事と、冷徹に付き合わせて比較すべきです。若手発掘の急務、世代交代の必要性、個人の力の底上げ、 日本人に合った戦い方の確立、世界的な戦い方への視野と対応、少しのずる賢さ、徹底的な戦術理解の共有。感情的にならず、前監督のイメージや思い込みを排除し、事実と意図だけを冷徹に見て課題と付き合わせれば、これらは驚くほど合致するはずです。そして、なぜ、これを現実で、今大会敢行することができなかったのか、これを徹底的に解明すべきです。


今大会は良くも悪くもベテランの大会、ブラジルのリベンジ大会に終始しましたが、それを貫いたことで得られた日本的感動と引き換えに日本が失ったものが何なのか、どれほど大きなものが失われたのか、単なる空想としてではなく、実を持った解釈として見えてくるかもしれません。



個人的には、今大会、サッカーそのものの部分で最もチームを牽引していたように見える香川選手の、ベルギー戦後のインタビュー記事の言葉に、多くのことが含まれているように感じます:


「普通に考えて、2ヶ月前に監督が解任になる、ましてや僕らみたいに弱いチームが今まで築き上げてきたものがゼロになるというなかで、チームがひとつになるというのは本当に難しいことでした。だけど、年齢が上の選手を含めて、みんながチームのために日々をおくっていましたし、だからこそこの結果が生まれたと思う。そういうチームワークが、あらためて僕たちの強みだと感じますし、そこは本当に誇りになります」


この言葉で注目されてしまうのは、チームワークが強みという部分だと思いますが、それよりも、「僕らみたいに弱いチームが今まで築き上げてきたものがゼロになるというなかで、チームがひとつになるというのは本当に難しいことでした」という部分が、今回のW杯前から大会までの一連の出来事の、一選手としての立場から捉えた現実を、よく表現しているのではないかなと思っています。


監督の解任=今まで築き上げてきたものがゼロになる、その中でチームがひとつになるのは難しいことだった、と。これは、会長判断が、本来必要のない負担を選手たちに課した/強いた、ということで、その中で、一部の選手たちが中心となってひとつになるきっかけを作り、以降、選手たちが歯を食いしばって結果を出したということに他ならないと思うのです。これを、単なる表層のイメージに流されて「監督交代の好判断のおかげで、チーム崩壊の危機から一転、16強の結果が出た」ということには、決してしてはならないと思うのです。前監督にはもちろんのこと、何よりも、結果を出してくれた選手たちにとって、これほど失礼なことはないと、個人的には強く、強く思っていますし、これが2度と繰り返されてはならないとも思います。(だからこそ、監督解任の決断に至った理由が、きちんと解明されるべきと思うのです)。


本来であれば「今まで4年間で懸命に築き上げてきたものの上に、一人の監督の指導のもと、選手としてもっともっと戦える準備を上乗せして、そこにチームワークという強みを持ち込み、W杯で8強、そしてそれ以上を目指したかった」はずです。それを、「直前になって、確固としたビジョンのある指導者が不在の中で、ゼロになったものを短期間で一から作り直し、結果を出さなければならない=選手達が、選手として以上のことを、多くやらなければならない状況に追い込んだ」というのが、会長が選手達にしたことなのではないでしょうか。会長が直前の監督解任という愚行に走ったつけを、選手達が必死で払い、取り返した、と。もちろん、そこの苦しみや足掻きから生まれてきた貴重な成果や結束も多くあったかと思います。が、もしかすると、その直前のマイナススタートのために、8強に手が届かなかった、とも言えるのかもしれません。



個人的には、だからこそ、もし、選手達の中に、現監督と現チームで全力を尽くした満足感・達成感とは別の次元で、感謝ではなく、純粋に前監督とW杯を戦ってみたかったと感じている選手がいたとしたら、それをプライベートでではなく、表立って表現して欲しかったと思うのです。何よりも、自分たちのため、それと後進たちのために、です。たったそれだけで、評論家達が何を述べるよりも強い現場のメッセージが世に伝わり、奇妙な方向に傾きかけている日本のサッカーの未来に、大きなターニングポイントをもたらすのではないかなと。もしかすると、そのほうが訴訟よりももっとずっと確実な真実を、世に示すことになる気がしてなりません。


今となっては、感情や友情や涙や、そういった日本的な感傷ばかりが目立ちますが、それよりももっと大きな視野を持つ、一人のサッカー選手としての純粋な「前監督と一緒に戦ってみたかった」という意思表明のようなもの、それが、今回のW杯の後味の悪さと未来への暗雲を、綺麗に拭い去ってくれるように思えてなりません。



Players

苦い嘘・甘い真実

さて、W杯の日本代表。今回でこの集団の総括?の独断的解釈になるのでしょうか。これまで通り、今回もサッカーというより集団の話です。


まずは、ベルギー戦。本当にいい試合でしたね。稀にみる好試合。2点目を決めた時には、本当に勝てるのかもと思わされました。それと、このブログでは一貫して本田選手の能力に懐疑的ですが、彼の「言葉」が良い方向に集団の一部に影響した部分もあるのかもしれないなとも思いましたし、最後の10分、試合を見ている時は、もしかして本当にゴールを決めるのかもしれないとも思わされました。


負けた直後の感情や表情からは、選手たちは本当にまだまだこのチームで試合をしたかったのだろうな、集団がいい雰囲気だったというものは嘘ではないのだろうな、とも感じましたし、いろいろ内包しつつも、不思議にまとまった良い集団だったのだろうなとも実感。個人的には、昌子選手の悔しがり方には心が動かされました。それと、香川選手の何とも言えない笑みにも。二人とも、また戻ってきて欲しい選手です。他の選手たちもそれぞれに見事でした。やはり国を背負って何かをする人々は違うな、と。



その上で、です。
この試合だけを見ても、やはり「ただ感動をありがとう」にならない要素が数多くあり、やはり敗因は監督の能力の限界?質の不適格さ?だったとも感じましたので、その感動に水をさすような解釈をしようと思います。そもそも個人的独断的ブログですから許されるという前提のもと、ロシアの諺に「甘い嘘より苦い真実のほうが良い」というものがあるそうですが、それに則って、この目には「苦い真実」と見えることを最後に(たぶん)書いてみようかと思います。



確か昌子選手のコメントに、最後ミスから決勝点を奪われるまでの速攻の時、ベルギーチーム全員が同じことを考えていたと思った、というようなものがありましたが、疲れ果て極限の状態になった時に全員が一瞬で同じことを考えることができる、というのが「真の意味での結束」ができているかいないかなのですよね。やはり、日本代表の集団には一体感はあったものの、残念ながら核となる「真の意味での結束」が、最後まで作れなかったのだと思いますし、そこの責任は少なからず、監督とサッカー協会にあると思っています。監督は監督なりに一生懸命やった結果で、監督をかばいたい選手たちも多いと推測しますが、それはそれ、結果は結果です。素直に感動するということとは別の次元で、日本という国は、全てを感情と好悪を基準に見るのではなく、もう少し事実を客観的に見るようにならないといけないのではないかな、と思いますので……。



さて、まずはこの集団が最終的にたどり着いたチームとしての形とその戦い方を、これまでに使ってきた言葉で表現しますと、「新集団が旧集団を取り込んで結束し、ピッチ上で可能なかぎり自分たちの戦いをしたが、監督が大枠では『戦術本田』を貫いてしまった」です。


新集団が新集団らしく一試合を通してずっと戦えたのは結局「パラグアイ戦」のみで、少なくとも「コロンビア戦で失点をして」以降は、大枠「戦術本田」の中で、新集団が全力を尽くしてきた、という感じでしょうか。監督は試合の中で香川選手と本田選手を併用するということこそ、最後の最後までしなかったものの、結局はこの二人の選手をなんとかして同列で「併用」することに固執してしまったように見えています。で、合宿、本番を通してそういう準備しかしてこなかったことが、最終的には、ベルギー戦でベンチワークに手詰まり感をもたらし、自らの首を絞めることとなったと解釈しています。


結果論として振り返ってのみ言っているのではなく、少なくともパラグアイ戦からこの大会を通じてずっと、8強(もしかしたらもう少し上)にまでいける可能性のある構成員が、目の前で自分たちができることを見せてくれており、しかも選手たちの信頼という大きな後ろ盾をもらっていたのですから、本当に「集団」のあり方を見極めることができる監督であるならば、もっとずっと良い結果をもたらすことが可能だったはずです。が、彼はそこを見極めることができなかった、「戦術本田」に頼らざるを得なかった、と。そこに現監督の監督としての限界を、個人的には感じます。かつ、これは経験でどうにかなるものではなく、準備期間云々が関係するようなことでもないように思います。


故に、全体の結果として、本田選手が「活躍」し名誉回復したイメージはあるものの、あれほどまでにハードワークを重ねた「チーム」が得たものは(「感動をありがとう」以外は)無いに等しく、結局は、集団として成し遂げたかったことを成し遂げることもなく、1勝2敗1分となりました。個人的には、一番そうなって欲しくなかった形だったのですが……。仕方がありません。そもそも、そういう意図の元に作られた集団だったと思いますので。このブログでは何度も書いているのですが、本田選手をどんな形であれ集団の中心に据えてしまっては、結局望めるものは「本田選手の活躍」だけであり、チームとして恩恵を受けることは無いのだと思います。単純に、彼は奇妙に影響力があり、かつ実際には自分の欲のみを純粋に追い求め「そういうふうに」動く選手だから、だと考えています。



ただし、やはりサッカーの神様はいるのか、それとも現実が単純に現実を浮き彫りにしただけなのか、今回の集団の「実態」が明確になったベルギー戦の内容と結果だったと思っていますので、是非とも「感動をありがとう」にせずに、少しでも、苦い真実を直視する方向に世が向かうといいなという願いを込めて、さらに解釈を進めます。



まずは、現監督の「功罪」について。
個人的に、この監督への評価は、今回の集団の構成員と前監督への期待値が低かったか高かったかによって真逆になると思います。前監督下でボロボロだったチームをよくぞここまで立て直した、と見るか、そもそもそのまま行けば8強までいける能力のある選手たちを使って、まあよくここまでしかいけなかった、と見るかですね。このブログでは、選手の能力という観点からは一貫して後者の視点です。理由は、結局新集団の選手たちが活躍できているから、です。集団における不満分子の対処という面ではまた少し異なるのですが。


で、現監督の功績は、もうこれは間違いなく、旧集団と新集団のバランスをとって、うまく(実は真の意味では分裂しているものの)一つの枠の中に収めたということだと思います。それと、多くの選手のコメントにあるように、選手の話を聞き自主性を重んじつつチームをまとめたところ。そして、良くも悪くも(博打的に)選手たちを信頼したところだと思います。これにより、選手たちのポテンシャルが最大限に引き出されたことは間違いないと思っています。


が、その引き出されたポテンシャルの活用という面においては一切功績となるような仕事はしておらず、どころか選手の足を引っ張る采配に終始していたと感じます。理由は、単純に、選手の才能の質と集団のバランスを見極める能力が十分ではなかったから、と解釈。ですが、監督という業務に必要なのは主にその能力と思います。なので、これは結果論ではあるものの、本来、この人物のいるべき場所は「監督」と「選手」の架け橋というポジションであり、やはり、今回の大会に限って言えば、自分が監督に就任して以降やってきたことを、前監督下で全力で行うべきだったのだと思いますし、それによってかなり良い結果が得られたのではなかったかと思います。とはいえ、結局、彼は今大会の間も選手間の人間関係という意味では、おそらくは主将任せで「事なかれ」主義を貫いたようにも見えますので、それができたとも思えないのですが……。理想としては、ということですね。



で、以下がそのまずかった「選手のポテンシャルの活用」についての解釈です。
まず、この集団の先発メンバーの基本形や戦い方が確立されたのは、パラグアイ戦の布陣・戦術だったことは、誰が見ても明らかだったと思いますし、以降、善戦した試合の基盤はそのようになっていました。そこで選手たちがやりたい戦術を明確に形にするのを引っ張ったのが、香川・岡崎両選手だったと思います。ですので、監督の仕事のうち、「戦術を考える」部分の大半は、実は選手たちがやってくれた、と。問題は、選手たちが示してくれたその布陣・戦い方を、手持ちの駒(選手たち)をどう使って、どう機能させていったか、という部分。これが「監督」のもう一つの重要な仕事のはずですから。


先発は、岡崎・乾・武藤、香川・柴崎・山口、酒井豪徳・昌子・植田・遠藤、東口 各選手というメンバーでした。で、後半になって、キーパーが中村選手に、遠藤選手が酒井宏樹選手に代わり、その他の入れ替えは省きますが、結果4得点を決めて逆転勝ちでしたよね。このメンバーで、最終的にレギュラー固定したのは、乾・香川・柴崎・昌子・酒井宏樹選手ですが、この試合では、酒井高徳選手・山口選手・中村選手も、万全ではなかったものの決して悪い出来ではなかったと記憶しています。で、個人的には、コロンビア戦も、この8選手を先発起用したほうが良かったと思っているのですね。そこに、岡崎選手に代わり大迫選手、武藤選手に代わり原口選手、植田選手に代わり吉田選手をいれ、スターティングメンバーを固定するのが、良かったのではないか、と。



もちろん、初戦がどう転ぶかなどわからなかったわけですから、長谷部・長友・川島3選手の経験値(といっても、少なくとも山口選手は前回大会を経験しているのですけれど)に頼ることを決断したのも理解できます。ですが、セネガル戦までこのベテラン選手で行ったとして、ポーランド戦は、上記3選手を酒井豪徳・山口・中村選手に入れ替え、もしくは結局あれだけの大博打にでるのだったら、それにプラスして吉田選手に代わり植田選手の4人の変更で試してみるべきだったと思っています。うまくいかなかった場合に、すぐに「安心できる」布陣に戻すことができますし、何より、一度、親善試合とはいえ実践で試してうまくいっている布陣ですので大博打ではありません。が、おそらく同じ形であっても、集団としての戦い方はかなり異なったでしょうから試す価値はあり、かつ、ベテランを含む集団よりも、ポジティブに機能する可能性の方が高かったと個人的には思っています。


理由は、コロンビア戦は1失点で抑え勝ったものの、結局10人相手に攻めあぐねており、かつその理由を、多くの選手が「失点の後、後ろに重心がいってしまって、バランスが崩れた」と言っていたからです。一方、昌子選手が、パラグアイ戦では、諸先輩たちのベンチからのアドバイスと、自分たちのピッチ上の感覚が異なったが自分たちの肌感覚を信じたと言っていて、かつ結果、パラグアイ戦では4得点(オウンゴールも含まれますが)しているから。かつセネガル戦もコロンビア戦と同じ布陣で行って、2失点した上で得点がなかなか取れていなかったから、です。で、結局最後のベルギー戦まで「2得点の後、後ろに重心がいってしまって、バランスが崩れた」と言うのを耳にしましたから、結局監督が、最初にパラグアイ戦で、比較的手に入りそうな答えが出ていたにもかかわらず、この部分のずれを最後まで解消する術をもたなかったことが敗因となった、という解釈です。



パラグアイ戦における、酒井豪徳選手・山口選手・中村選手の出来から考えて、この3選手をコロンビア戦先発に持ってきて大化けしていた可能性は低くないと、個人的には考えています。主要メンバーとなった柴崎選手のその後の急成長ぶり・乾選手の活躍ぶり、3選手の年齢から考えても、そう思います。……でも、結局、実際に使われた選手は、ポーランド戦でもベルギー戦でも使えなかったじゃん、という声が聞こえてきそうですが、使われた両選手の特徴から考えると、あのような起用のされ方をして試合に入っていき、活躍できると考える方が、監督判断としては現実離れしていて奇妙に思えてしまいます。


むしろ、ポーランド戦でこの3選手が機能するかしないかを「適切な位置・起用法で」確認し、もし使えたとすれば、試合に勝って首位通過できた上で、次戦(イングランドだったかもしれませんしベルギーだったかもしれませんが)は、その先発で挑むことができたはずです。


かつ、確かに主要メンバーに十分な休息は与えられなかったかもしれませんが(と言っても、大博打の現実でも実質は香川選手・原口選手を休ませただけです)、チームの勢いは増し、さらに長友、長谷部、川島、岡崎各選手(場合によっては植田選手も)という、現集団においては、これ以上ないほどの強力な「控え」を確保できたことになります。これらのベテラン選手は、途中から試合に入っても確実に計算できる経験ある選手たちですし、先発が疲れてきたところで岡崎選手、もしくはリードして試合を落ち着かせたいところで長谷部選手、活性化させたいところで長友選手という「確実に使える」持ち駒を監督は持っていたことになります。


さらに、その後の試合を考えた時も、同じ布陣での先発のオプションが増えていたわけです。プラスして、次代につなぐ意味で、中村選手・ことによっては植田選手にも、大舞台を経験させることができたはずです。


もちろん、単純に集団のあり方から考えているだけですので、実際にはそううまくはいかないのだと思いますが、それでも現実的で効果的なオプションが、大博打の他にもおそらく多々あった、ということは言えるのではないでしょうか。



ですから、そもそもの選手選考で控えの質が云々というのを見かけますが、手持ちの駒の使いようで、十分に8強までたどり着ける戦力はあったと、個人的には思っています。実際に活躍している選手たちが、このメンバーならもっと先にいける可能性があったと言っているということは、選手の実感としてそれがあったということで、その可能性を、監督采配でみすみす無駄にしてしまった、というのが、この集団の戦いぶりをみての解釈です。先発組と控え組の実力差がありすぎた、ではなく、監督の采配が、ベンチとピッチの実力差を必要以上に広げてしまった、が正しいと思っています。これは結果論のようですが、それだけでは無い真実も少なからず含まれるように思うのです。



では、なぜそうなったのか、というところですが、一概には言えないものの、大きな要因は二つあると考えています。


一つは、上記に書いたように、この監督の能力の質が、選手や集団を的確に見極め起用するという類のものではなかったこと。故に、パラグアイ戦の監督の意図は、ポーランド戦と同様の単なる大博打で、ラッキーボーイを見つけたいというだけだったのだと思います。で、そういう意図の元に彼が見つけたラッキーボーイが、乾選手であり柴崎選手だった、と。


そもそも、監督に必要な視点は集団の全体像を俯瞰していなければ持てないもので、選手と同目線で個々の話を聞き入れ、間近で選手と接してしまっては見えにくいものだと思いますから、彼の監督としてのアプローチそのものが、中々こういう短期決戦で成果を生み出しにくい質のものだった、と。



もう一つの大きな要素が、「本田選手」の扱い方にあったと思っています。かつ、今大会あれだけ調子がよかった香川選手(円熟の極みと呼ばれている記事なども見ましたが)が、大会期間を通して、監督下で過小評価され続けたのも、おそらく本田選手との兼ね合いで、かつ先発起用され続けたのは周囲の選手たちの要望との兼ね合いだったと、個人的には理解しています。


上記のように、能力と質で現集団の構成員を見れば、トップ下は香川選手以外の選択肢はなかったように思います。本田選手を起用できるポジションがあったとするとFWで、本来ならばW杯を通して原口選手、もしくは大迫選手の控えが妥当だったと思いますし、実際、最終的には、ベルギー戦でそのように起用されています。ということは、おそらくはあの時点では延長戦も視野にいれていただろう監督自身も、本田選手をトップ下で起用することの限界を知っていたことになるのではないでしょうか。おそらく、それを理解していないのは、本田選手本人だけなのかもしれません。


そもそも、彼がW杯で結果を出しているのはFWとしてですし(ブラジル大会では得点こそ決めていますが、チームは勝っていません)、本人が得点を決めることだけを目指す発言をしています。「結果の出し方」には疑問が残るものの、確かに彼が、こと自分が活躍できそうな場面では、得点を取ってくれそうな空気は持っていますし、実際に結果を残しています。かつ、この集団においてトップ下として機能したとは言い難いことも事実と思います。ならば、なぜ時間限定で得点を取るための「FW」の選手を「トップ下」起用することに固執し続けたのでしょうか。


これまでも書いているのですが、意識的にか無意識にかはわからないものの、監督が先発から「ベテラン勢」を外せなかったのは、トップ下での香川選手と本田選手の併用を、このチームの戦い方の基盤としたからだと思っています。それが、本田選手を信頼していたからなのか、そういうふうに使わなければならない、と思わされていたのかはわかりませんけれども。



で、本田選手です。同選手は、結局、集団の成功を犠牲にして、最低限自分の望んでいたものを勝ち取ったと思っています。


が、おそらく、本人は間違ったことは何一つしたとは思っていないと思いますし、周囲の選手たちも、同選手を嫌っているとかそういうことはないのだろうと想像します。何と言いますか、彼は自分のしていることを、自分が見たいようにしか見ることができず、故に全く悪気がないのだと思うのですね。そういう人物を目の前にして、苦手ならいざ知らず嫌うというのは、なかなかできないことですから。


が、やはり個人的には、こういう、現実をきちんと判断することができず、強い思い込みとエゴを、選手としてだけでなく人として持っている人が、権力を持つことはとても危険と思っていますので、「感動やっぱり△」の風潮に水を差すように事実確認。


「W杯に愛された男」「大舞台に強い」「結果を出す」「日本代表のレジェンド」という、彼が望んでいたものを、選手としては最小の努力で全て手に入れた本田選手ですが、彼の今回の日本代表という集団での働きを客観的に列挙してみます。


監督交代から始まり、混乱の中にあった代表、というのがまずは前提。
で、彼がピッチ上で主導した前親善試合(ガーナ戦・スイス戦)では、チームを機能させることができず連敗、選手内から戦術・本田選手の働きへの疑問の声が上がったことで、次戦パラグアイ戦では先発が入れ替わりました。このパラグアイ戦で、当時の控えメンバーが結束し、戦術の基盤を作り勝利。基本、代表はこの戦いを基盤としましたが、経緯から考えてもその後のインタビューから考えても、ここの一連の決断や戦術作りに本田選手は関わってはいなかったと考えるのが妥当と思います。本大会では、コロンビア戦・セネガル戦と、後半残り20分前後で出場し得点に絡んでいますが、この試合において、彼自身の力以上に周囲のそれまで・それ以降の頑張りがあったことを否定できる人は少ないはずです。ポーランド戦は出場なしで負け。ベルギー戦は残り9分で出場、チームの負けに直結する決定的なミスを犯しています。


以上が本田選手が今大会で出した「結果」です。で、以下、その目に見える「結果」の解釈です。


確かに、コロンビア・セネガル戦で決定的な仕事をしているように見えますが、これは、そもそも基本「本田選手トップ下起用」という縛りの中、他の選手にかかる負担は大きかった=メリットよりもデメリットが大きかった中での最善の結果と思います。もっと言いますと、「本田選手トップ下起用」というくくりに縛られていなければ、集団としてはもっと良い結果が望めたのではないかという可能性が高い中での、その可能性と引き換えに得た結果です。


かつ、ベルギー戦では数分の出場の中、「感動」でごまかされてはいるものの、逆転負けに直結するミスを犯しているのですよね。山口・昌子・川島各選手の失策のように捉えられがちですが、これは「彼が得点できる理由」である「普通のサッカー選手なら考えないような自分勝手な思考回路で動いている」ことと、「日頃の地道な練習と実力の欠如」がもたらした失点と思います。彼のセネガル戦の同点弾が、監督の起用とともに称えられるなら、ベルギー戦の決勝点献上につながるミスもきちんと彼の責任として、監督の指示とともに追求されるべきです。


それから、個人的に彼の力は言葉の力と思っていますが、彼が雄弁になる時とそうでない時というものは非常に分かりやすいです。自分が活躍・結果を出している時には雄弁、そうではなく他が結果を出している時には言葉が少ない、です。メディアの前だけでなく、集団内での発言の仕方=影響力もそれに比例していると想定しますと、中々面白い解釈があります。それが、彼の雄弁さと試合結果の関係ですね。



 監督解任〜代表発表まで 雄弁=集団内での影響力 あり○
  ガーナ戦 負け✖️
 ガーナ戦〜スイス戦まで 雄弁=集団内での影響力 あり○
  スイス戦 負け✖️
 スイス戦〜パラグアイ戦まで 言葉少なめ=集団内での影響力 なし✖️
  パラグアイ戦 勝ち◯
 パラグアイ戦〜コロンビア戦まで 言葉ほぼ無し=集団無内での影響力 なし✖️
  コロンビア戦 勝ち◯
 コロンビア戦〜セネガル戦まで 言葉少なめ=集団内での影響力 なし✖️
  セネガル戦 引き分け△ 
 セネガル戦〜ポーランド戦まで 雄弁=集団内での影響力 あり○
  ポーランド戦 負け✖️
 ポーランド戦〜ベルギー戦まで 雄弁=集団内での影響力 あり○
  ベルギー戦 負け✖️



見事なくらい、同選手の雄弁さとチームとしての結果が真逆なのですよね。確か、ポーランド戦前くらいに、本田選手自身が、目に見える結果を出せば、俺の言うことを聞いてもらえる、というようなことを言っている記事を目にしましたので、あながち的外れの因果関係ではないかもしれません。


ですから、客観的に見れば、本田選手が活躍したというよりも、本田選手が活躍できるようにするために、他の選手たちが犠牲にされた一連の戦いであったように感じるのですね。故に、不完全燃焼のまま8強入りを逃した感が消えないのだと、個人的には考えています。


そういった目に見えにくいグレーな部分が見逃され、本田選手は結果を出した、これまでありがとう、では、今後のサッカー界にとっても、もちろん本田選手本人にとってもよくないことと思えてなりません。個人的には、同選手の野心と執念がどこかで解消されることがない限り、日本のサッカーは、常に今回の監督交代のような奇妙なことに振り回され続けてしまうのではないかと思っています。


代表は引退のような報道を見かけましたが、気になるのは、自分の意思を継ぐような選手を何人か見つけた、というコメントでしょうか。今度は「教え子」を通して「自分が」W杯初の大躍進の立役者になろうとするのかしら、と危惧してしまいますから。いちサッカーファンとして個人的に一番望ましいのは、彼の度を越した執念や欲のようなものが昇華され、ごく普通のOBになってくれること、サッカーを離れビジネスに邁進してくれることあたりですが、今のところどうもそれには懐疑的です。今回のW杯を経験したことで何か変わっているのなら、それだけでもこの奇妙なW杯の意義はあったようにも思いますが、実際のところはどうなのでしょうか。


ただし、彼自身が理解している・いない、意図していた・いないにかかわらず、彼の我儘な行動が今W杯前に不必要な騒動を招き、おそらく他の選手たちに多大な迷惑をかけたこと、また彼自身が望むものを手に入れるために、少なからず集団が犠牲となる結果になったことは、曖昧なまま、やっぱりあんたすげーよ、本当はいい人だよ、で終わらせてはいけないことなのではないかと思っています。どれだけ、他の「友人選手」たちがかばっても、マスコミが美談を作り上げても、です。


「自分がみんなをもう一個上のステージに連れていってあげたかった」というのは、彼が心から言っていることとは思いますが、これは現実を理想から見た甘い嘘にすぎず、苦い真実は「自分がみんなをもう一個上のステージから引きずりおろしてしまった」だと思います。


彼にとっては満足のいくW杯に近いものになったかもしれないものの、その彼の個人的エゴを満たすために、日本サッカー界が到達できたかもしれない何かが少なからず犠牲になった、今大会で本来若手の選手に与えられるはずだった様々なチャンスが奪われてしまった、故に次のW杯に繋がるものをあまり残せない大会となってしまった、というのが、一連の流れを見ていての個人的な最終解釈です。


ただ、「自身の選手としての実力以上のエゴを手段構わず突き通し、どれほど集団そのものを犠牲にしようとも、目に見える個人の結果さえ出ればOK」ということには、やはり長い目で見ればならないと思いますし、どこかで相応のしっぺ返しが待っていると、個人的には思っています。


まずはマスコミが、今後、彼を必要以上に持ち上げないことを祈ります。



監督成果も同様です。前評判の低かったチームを「蘇らせた」功績を称え、上記グレー部分を無視して同監督を続投させることに、あまり明るい未来は感じません。個人的には、もし前監督がうまく集団を率いることができたなら(ベテラン勢との確執で、そこの可能性が半々だったとはいえ)おそらく8強には手が届いていたと思いますので。ですから、もし会長と協会が、最善の結果を真の意味で求めたのだったら、本来すべきことは、最後まで前監督をバックアップし、選手たちを納得させることだったはずです。



プラスして、やはり選手に監督以上の権限を与えるという、会長と協会の犯した愚行は、本田選手のエゴ以上に罪深く、きちんと詳細まで解明されて然るべきです。何はともあれ、予選突破という結果は出ていますので、「解任は正しかった」主張はできますから、真実を明らかにすることに何の支障もないはずです。こういう経緯で解任に至ったという事実は、うやむやのままにはしてもらいたくありません。一度、こういう悪しき前例を作ってしまうと、再度、集団に不可欠な規律を作ることは難しいものですから、徹底して今回の騒動の顛末を解析すべきと思います。まあ、ただ、それが起こるとは到底思えないのですけれど(苦笑)。



と、のんびりと個人的解釈の総括を書いている間にも、選手引退やコメントなどの記事をちらほら見ることも。


個人的には、あまり共感できなかった長谷部選手ですが、彼は選手としてはする必要の無い苦労を、特にこの大会で負わさた一人だろうなとしみじみ感じましたし、本当は彼にとっても他の選手たちにとっても、もっと良いW杯になるはずだったのではないかとも思わされます。


今回のW杯で日の目を見た選手、そうではない選手といて、それはそれでそれぞれ良いのだと思います。集団競技など、結局そういうものですし。


個人的には、今でも前監督のW杯を見たかった気持ちが消えませんが、こと香川選手や酒井弘樹選手の一連のプレーには、もし前監督が試合を見ていたならば、言葉などなくてもサッカー選手として伝わるものがあったのではないかなあと勝手に想像しています。



内情など全く知らないまま、ごく勝手に遠い集団の解釈を続けてきましたが、「甘い嘘より苦い真実のほうが良い」に少しでも繋がることはあったのでしょうか(苦笑)。結局のところ、甘い嘘がもたらすのは苦い現実ですから、一瞬甘く見えても本当は苦いわけで、苦い真実を突き詰めれば、最後には現実に恵みがもたらされると思っています。これからも、甘い嘘は、ただ受け流して距離を置くのが一番です。甘い嘘が覚めて失う仲間があっても、苦い真実の中に、また本当の仲間を見出すことも、きっとあるのでしょうね。それこそがおそらくは真の仲間なのだと思います。



と、結局わけのわからない解釈のまま終わり(笑)。




Players

神頼み

さて、相変わらずサッカー代表。今晩、もうベルギー戦なのでしたっけ。
今回もサッカーというより集団の話です。


ポーランド戦は、かなりがっかりした試合で、個人的にはこれまでの解釈の基本構造は、悪い方向に遠からず合っていたのではと思わされた試合でした。個人的には、後半最後のパス回しなどどうでもよくて(と言うよりも、あの状況ではむしろ止むを得ないことで)、がっかりさせられたのは先発。選ばれた選手個々の質や出来が云々というよりも、そもそも一つの集団として目的に沿って成り立っている構成のように見えなかったことに、がっかりを通り越して力が抜けました。


「博打に打って出た布陣」や「選手が期待に答えられなかった」というような言葉を見かけましたが、どちらかというと、この試合に関して言えば機能しなかったのはほぼ100パーセント監督の責任で、なぜ集団がうまくいっている・いないのか、誰が集団の核で、誰が集団をどう機能させているのかを正確に、現実的に理解していないからこそ出来たことと解釈しています。そのツケを払わされ、(一般のイメージとして)責任を押し付けられた6選手たちがさすがに気の毒。


個人的に、香川選手と長谷部選手の併用には懐疑的ですが、どちらも出さないというオプションは論外でした。集団が集団として成り立つために、派手に目だとうが目立つまいが核となる数選手というものがありますが、現集団において、柴崎・酒井宏樹選手が核の一端を担っているとして、攻めに行くなら香川選手、守りに行くなら長谷部選手は決して外してはいけない核だと思っています。ここを併用することで、バランスは取れるものの、可能性の高い攻撃の方に行き詰まり感が出ているのなら、思い切って長谷部選手を外し、攻めに集団の比重を移すほうが良いのではと、個人的には思っていたのですよね。が、まさかどちらも外れるとは。ので、結果は必然だったと思います。


気になるのは、なぜそういう愚策に走ったか、というところ。で、現監督はもっと冷静な人で策士なのかと思いかけましたが、どちらかというと、選手を見極めて起用しているというよりは、選手任せ・運任せということが、たまたまうまく行く人なのだろうという解釈に落ち着いています。前2試合がうまく行き過ぎて「自分の力」を過信したかもしれません。


かつ、やはり監督をはじめとして、集団は、セネガル戦の後、本田選手の言葉の力に惑わされてしまったのかなあと思っています。集団の雰囲気を見ていても、本田選手が得点を決めたことを、選手たちがどう解釈すればいいのかわからないまま、結局「戦術本田」集団に逆戻りしている気がしますので。


ただ、同選手の妄想は「現実」の前には無力で、かつ、彼の妄想力は、彼だけに有効な力ですから、他の人には単なる悪影響になる可能性のほうが高いのですよね。それを前監督は見抜いていたと思っています。なぜ、本田選手を選ばなかったのか、という質問を前監督下のコーチが受けているような記事をちらと見ましたが、今なら「最終的にこうなるから」と言えるのではないでしょうか。



個人的には、やはり本田選手という人は意思の力で得点をしているのであって、しかもそれは決してチームのためにならない、と今でも思っています。彼が、人類の幸せや、サッカー観や、戦術や、自分のプランを語る時、その言葉に実を感じられることが個人的にはほとんどないのですが、唯一、これは自分が感覚で知っていることを話している、と実を感じる言葉は、ワールドカップや大きな舞台に挑む時の精神の持っていき方、整え方の話をしている時です。自身でも妄想と言っていましたが、そこから思い込み〜トランス的な精神状態になることのコツを知っているのだと思います。アメリカのオリンピック選手なども、こういうことに長けているので勝てるのだろうなと思っていますから、重要な力ではあるのですけれど。


……本田選手はなぜ、射撃やトライアスロン、もし世界的に有名になることが重要ならテニス、せめて野球の選手にならなかったのでしょうね。こういう人物が、サッカーという競技を、自らのキャリアとして選んでしまったことが、日本のサッカーにとっては不運だったのかなあと思っています。せめて、野球でピッチャーですとか。自身一人の力で大リーグで活躍できたのでしょうし、努力でいくらでもそれなりの投手になって、意思の力でどれだけでも勝ち続けられて、名声もお金も手に入り、一番合っていたのではないのでしょうか。まあ、それこそ妄想ですけれど(苦笑)。



話題戻しまして、本田選手の思い込みの力を全否定するわけではないのですが、彼はアンバランスなほど現実の正しい認識能力に欠けていて、そこが結局は集団競技においては集団の勝利に繋がらないということを言いたいのですね。彼の活躍は、彼自身の力ではなくて、周囲の積み上げの上に成り立っているものと思うのです。南アフリカしかり、今回もしかりです。他の選手たちが、集団が(彼無しでも)十分に活躍できる下地を作った上に、点をとる目的だけで彼がポンと入った場合にだけ、うまくいくのですね。で、彼自身がそこを理解していさえすれば、彼は強力な武器になると思っています。ですが、問題は彼自身が、その「下地」部分を含めて全て自分の功績と思い込むことができ、かつ周囲にもそうと思わせてしまうところです。かつ、勘違いしたまま、集団を自分の思う方向に操ろうとするところです。ですが、それをしてしまっては、集団が向かう先は「1部を目指す2部リーグのチーム」になってしまうのですね。これがブラジル。


今回もそうであるように見えています。彼が中心となったガーナ戦、スイス戦では集団が機能せず、博打的に先発を変更した布陣のパラグアイ戦で「他の選手たちの試みが功を奏し」集団が機能し始めました。彼の集団内での発言力は低下し、パラグアイ戦の戦力・戦い方を中心にコロンビア戦に挑み勝利(本田選手もポンと出て勝利に貢献)、そのまま次戦セネガル戦で好戦(本田選手もポンと出て引き分けに持ち込む)、以降、「結果を出した」本田選手の集団内での発言力が増し、集団が行き着いた先がポーランド戦。先発6人入れ替えの判断に本田選手の発言が少なからず影響したと思っていますし、もしかすると監督自身の判断は、本田選手をその先発に加えないとしたことだったのかもしれません。むしろ、あそこまで現実を無視した先発にするなら、本田選手を入れたほうが、集団にとっては良かったのでは、と個人的には思いますけれど。



ちなみに、岡崎選手が、本田選手が得点できる理由を「球はやっぱりそっちに転がってしまうんだな、その時その場所にいるということができるんだな」というようなコメントをしたのを見かけましたが、思い込みの力というものの正体は、そういう神がかり的なものではないと思っています。


彼が意思の力で得点できる構造をごく独断的に解釈しますと、単純に普通のサッカー選手は考えないような思考回路で、周囲を見ているから、だと思うのですね。例えば、敵ではなく味方の選手をマークしていて、そこにチャンスが訪れたところで、そのスペースにスッと入ってチャンスを奪い得点、もしくは、自分のポジションと義務を放棄し得点を出来そうなところに陣取り得点、といった感じ。それで点が取れるならいいじゃん、助かるじゃん、となりそうですが、所詮「普通のサッカー選手は考えないような勝手な思考回路」で動いているわけですから、周囲の選手に与える負担が大きくなる、と。故に、彼が得点できても、チームが勝つことができないのだと思います。それを「彼は持ってる」と勘違いして、一目置いてしまうと、色々奇妙なこと(集団がバラバラ)になってしまいます。


ちなみに、個人的には、この集団の面白い(?)ところは、相手チームではなく実は集団内で色々な意味で主導権を争っているように見えるところ。集団の強さを直接左右する類の主導権で言えば、セネガル戦で少なからず本田選手にそれが移ってしまった理由は、やはり香川選手にあると考えています。具体的には、柴崎選手が前に出したボールに、酒井選手が追いつき折り返して、大迫選手がそれをフリーの香川選手に繋いだところがターニングポイント。


なぜフリーなのにこねくり回した? という意味ではなく、そこでの彼と周囲の認識に差があったと思うからですね。あのまま香川選手がシュートまで持ち込んだとして成功の確率はおそらく良くて半々。実際には4ー6で不成功のほうが高かったかもしれません。で、咄嗟にそれを判断して右サイドにスペースを空けるという意図に切り替えたのだと思います。実際、香川選手は右を確認していますし、ボールを「こねくり回している」間に、敵のディフェンスが全員引き寄せられて、大迫選手とゴールまでのシュートコースが完全に空いていましたし、かつフリーの酒井選手もいました。それでシュートが決まる確率は、(所属チームでは)80パーセント。で、香川選手はこちらにかけたのではと思います。


が、周囲は、香川選手が50パーセントの勝率で勝負し決めてくれることを待っていたと思います。香川選手はあの瞬間、全選手からそれを託されたわけで、個人的にはここは無理してでも、例え10パーセントの確率しかなくても、自分で決める方向でこの攻撃を終わらせるべきで、でなければ、意図を明確に他の選手に叫び伝えるべきだった気がします。あの場面、明らかに他の選手たちは見守っていましたし、大迫選手はボールを渡されて戸惑っていたように見えましたし。


個人的には香川選手一人の力でセネガル戦に勝てる可能性があったとするとそこだけで、かつ彼はそのワンチャンスを、例え次により高い成功の確率を生み出していたとしても、自分を犠牲にし、他に託す方向に使ってしまった、と。この集団における自分に対する信頼の質をきちんと理解していなかったのかもしれません。……と、部外者の素人が言うのは簡単ですけれど(苦笑)、そして本人は分かっていそうですけれど。ただ、次にチャンスが来たときには決めてくれるはずです。実際、過去にそうして来ている人ですので。問題は次のチャンスがあるのかどうか、です。


と、過去のことを今更書くのも、今日のベルギー戦に話を繋げるためです。


で、上記解釈から、今日の試合はなんとも言えず運頼みになるな、という結論なのですね。今大会は、番狂わせが多いなどと言われますが、決勝リーグに関しては、単純に予選の調子が良かったチームが勝っています。3連勝のチームか2勝のチームが、です。負けた強豪チームは予選も快勝してはいなかったようですし、勝った番狂わせチームは予選も調子が良かったのですね。ので、本当の番狂わせは起こっていないと言うのが個人的な認識です。


と言う状況で、日本ベルギー戦です。ベルギーは、比較的楽なグループに入ったというのも目にしますが、その弱い相手に一切取りこぼしをしていません。ということは、油断という付け入る隙はほぼ無いと言って良い集団なのだと思います。


ので、単純に考えれば、1勝1敗1分けの、やっと予選を這い上がったチームが勝てる相手では無さそうです。
ですが、個人的独断的解釈によると、今の日本チームという集団は少々特異な形態をしていると思っています。この集団は、3連勝出来たかもしれない地力のチームと、3連敗したかもしれないチームが共存合併していることで1勝1敗1分けのチームになっていると思っています。


そして、現監督はそれを見極めているわけでは無い、と。ピッチ上に立つ選手を選ぶのは監督ですから、日本チームの善戦は、監督の博打がたまたま3連勝をしたかもしれない方の正しい布陣になるかどうか、という運にかかっていると思っています。当然、1勝1敗1分けのチームでいく可能性が一番高いですが、それでは当然勝ちは難しく、かつそう単純にはいかせない様々な思惑もあるように見えます。


で、監督判断が正しい方向に行く可能性は、現状から推測するとあまり高くは無さそうな気がします。あまりにも、3連敗をしたかもしれないチーム方向に全てが傾いて見えるのですね。個人的には、スイス戦前の集団の状態に近いのではないかと思っています。


不本意な勝ち抜けをしたことでチームに、選手コーチスタッフ一丸となって戦おうとする一体感はある、という記事を見かけますが、それが本当の意味で結果をだせるような一体感なのかには、個人的には疑問があります。今の状況では、少なくとも6選手の気持ちは複雑だと思いますので。
この「一体感」と言う言葉の先に、なんとなく見え隠れしてしまうのは、皆がそれぞれに「俺がやる」となり、空回りし、集団がピッチ上で崩壊しかねない危険性です。今、一番そういう方向に陥りそうに見えるのが乾選手でしょうか。


選手たちの言葉に少なからず余裕があり、勝ちに行くと言った自己暗示的なものが目立つのも気になるところです。集団が、冷静に足元を見て準備をするということと、盲目的な自己暗示で勝てるメンタリティになることの適度なバランスというのは、本当に繊細なコントロールの上に成り立つと思うのですが、本田選手の集団内での影響力が増していると思しき今、それが正しいバランスになっているとは考えにくい気がします。頭でっかちになり、実際の「体=事実」がないがしろにされているように見えるのですね。そもそも、勝てる、という思い込みと信頼に答えたいという熱い思いだけで集団が結果を出せるなら、3戦目も監督の思惑通りに勝っています。ちなみに、このあたりのコントロールが見事だったのが、たぶん前女子代表監督。


今の香川選手は、そういう空気感に惑わされず、しっかりと体の準備が出来ていそうで、かつ精神状態もよく、活躍する心構えもできていそうですが、今、この状況で彼に、集団に対してそれほど強い影響力があるかどうかは微妙なところです。3連勝したかもしれない方の集団側にいた、岡崎選手と原口選手が、3連敗側のメンタリティに流されかけている印象があるのも気になります。ただ、柴崎選手は、3戦目で少し目が覚め、エゴを抑え冷静になっているのではないかと期待しますし、大迫選手や酒井宏樹選手は、そもそも芯の部分ではあまり流されなさそうです。


と、全体的にあまり心躍る要素は見つけられないのですが、やはり「奇妙な勝ち抜けをした」結果「監督の存在が、どうであれ選手たちの中で変化した」という部分が未知の要素のような気もしますし、あまり確率は高くないものの、やはり一度は、3連勝したかもしれない集団を見てみたい気持ちは消えません。


それと、やはりサッカーの神様というものはいて欲しいですね。個人的には、それは一人ではなく、それぞれの集団ごとにいるような気もします。日本代表に関して言えば、色々なものが浮き彫りなった上で、少なくとももう一度チャンスが与えられたわけですから。


個人的には、現代表が活躍したことで、前監督が貶められるようなことにはならないのではないかと期待しています。


よくわからない解釈になりましたが。


Players

現集団の形

今回も続けてサッカー日本代表について。
大会前、あれほど白けて興味が薄れていたのが一転、結果的に今までで最も真剣に動向を見守る大会になりました。こうなったら、この集団のW杯が終わるまでしつこく独自解釈を続けてしまおうと思います。



さて、コロンビア戦。本当に素晴らしい勝利でした。ただ個人的には、この集団がどんな方向に踏み出したのか最後までよく把握できないままで、「コロンビア代表との攻防に手に汗握り一喜一憂しながら見ている」というよりも、「日本代表という集団内での動向を見守っている」とような不思議な感覚での観戦でした。観察しつつ結果を見守っているような感じ。今大会は、全試合こんな感じの観戦になるのでは。これはこれで、思い出深いW杯観戦になるのかもしれません。もちろん勝った時は単純に嬉しかったですけれども。


リアルタイムの感覚で印象に残ったことは2つあり、一つは失点から後半最初の選手交代までの集団のちぐはぐ感、もう一つは、勝ち越した後、ゲームセットまでの集団(の構成員の特に一部)の結束です。これが何だったのか後でじっくり考えた結果、この集団の現時点での、不思議な(+日本的な)「まとまり方」を象徴していたからではないかと思っています。ついでに、試合を見ている時に、ふと前監督の幻のチームの姿が垣間見えた気がし、同時に、今、現監督の「手腕」と言われるものが何かも、見えたような気もしました。


試合中後半のピッチ外、もしくは試合後に選手たちの表情を見ていて印象的だったのは、大迫選手を始めとする(若い方の)選手たちの、一緒に戦った後で香川選手を見る時の何とも言えない一瞬の独特の表情でした。Looking at something precious with wonder and admirationという感じ。純粋に誰かの才能というものを認識しその恩恵を受けてから、その人と改めて対峙するときの顔というのは、ああいうものなのかもしれないなあ、と思わせる表情。現所属チームで、元同僚のオーバメヤン選手やロイス選手が見せていたのと同じような表情で、それを見た時は本当に嬉しかったです。前監督解任で、見られない光景になったと思っていましたので。それと、岡崎選手の何とも言えないどっしりした存在感、それに対する他の若手選手たちの揺るぎない信頼(尊敬?)も垣間見えた気がしています。この二つの要素がしっかりと組み合わさって、この集団に自信と結束を与える一つの核を作っているように、個人的には見えました。



こういう漠然とした、試合中・直後に感じた印象は、その後の選手たちのインタビューの言葉、表情、以降のニュースやゴシップなどを見て、何となく具体的な解釈として固まっていきましたが、今回もそれを独断と偏見で書き綴っていこうと思います。


真実は結局当人たちにしか分からないものですが、一ファンが個人的ブログで独断的視点を貫くことくらい許されるという開き直りの元に、これまで通りサッカーというよりも集団の解釈です。ので、ご興味のある方は、暇つぶしにどうぞ。




さて、まずは今の集団が少なからず結束して「戦う集団」になっていたのは、勝利からも戦い方からも明らかだったように思います。コロンビアの自滅ですとか、運という人もいますが、個人的には、この勝利に関しては、基本は実力と結束の賜物と思っています。


ただ、見ている側としては、選手たちが「何」を拠り所として結束しているのかを想像するのが難しかったのですね。どこかに前監督の影がちらつくものの、そう純粋で単純でもなく、どこかもう少し複雑。



で、色々解釈した結果、今では、現集団(少なくともコロンビア戦の出場メンバー)は、異なるビジョンと考え方を持つ二つの集団が組み合わさった形、と解釈しています。具体的には、前回解釈したところの、「戦術本田」集団と、「前監督の遺産」集団の二つが同時に存在している感じ。個人的には、このままの名称が実を表しているように思っていますが、便宜上、前者を「旧集団」、後者を「新集団」と呼ぶことにします。この二つの集団の顕著な違いは、スピードと判断力の速さと攻撃力です。旧は全体的に遅く、基本リスクを避け攻撃は断片的で突発的。対して新は、圧倒的に早く流動的。基本攻守の切り替えが早いため、同時に守備的であり攻撃的、と。


パラグアイ戦の出場メンバーが基本全員「新集団」(もしくは新+ニュートラル)だったとすると、コロンビア戦の出場メンバーは「新集団」の中に「旧集団」の要員が組み込まれている形だった、と。選手名を出しますと、新集団の中に、長谷部選手・長友選手という旧集団の中核選手が入っていたということと思っています(ただし、長友選手の場合、プレイは基本どこにいても常に自分流で、ハードワーク+スピードはあるものの、単純に新集団とは「考え方・見ているもの」が違うのだと解釈)。


で、この二人の存在が、このフォーメーションでトップ下(集団の核)を交代できるようにする繋ぎ役なのですね。この二人が入っても、「新集団」はある程度「新集団」としての戦い方ができますが、全員が「新集団」になってしまいますと、「旧集団」のトップ下、本田選手が入る場所も必要性も無くなってしまう、と思います。ですから、これが二人の異なる「トップ下」を併用し、ある程度の結果も見込める最も無難な形、と。



で、要は、コロンビア戦は新集団的戦い方で一点取り、旧集団的戦い方で一点取った、と。故に、全体が全体的に満遍なく活躍しての勝利、というように見える最終形になった、と。これが現監督の「手腕」とされているところなのだろうと思います。確かに、一試合の中でどちらの特徴も出ていたように感じます。


こういった「意思を持って何も解決しない、無難に収めて最善の結果を期待する」という集団のまとめ方は、おそらく前監督には思いつきもしなかった(日本的な)やり方で、現監督(これまでの内部事情を熟知しており、かつ日本人で、選手主導でまとめていく監督)にしかできないことなのかもしれないと思ったわけです。仮に現監督がこのようなやり方を前監督に提言していたとしても、理解されずただ一蹴されただけだったはずです。個人的にも、こうきましたか、という感じ。



ただし、これは「旧集団」を使う形を残すために、「新集団」により我慢を強いる・ポテンシャルを下げる・疲弊させるやり方だとは思っています。


例えば、パラグアイ戦で失点した時、あ、この後またバタバタと泥沼化するのかな、と感じたのを覚えているのですが、実際プレイが再開してみると、一切慌てることもなく、集団の空気感や戦い方に変化が無かったのを、とても新鮮に感じたのですね。ですから見ていて、これはいけるかもしれない、という気がして、実際、チームは逆転勝ちを収めました。



対して、コロンビア戦で失点した後、もちろん、納得の行かないPKだったということはあるものの、その後の集団の戦い方にバタバタ感が増え、焦りが垣間見え、どこかチームの動き方がちぐはぐになってしまったように感じました。で、そのバタバタ感の出発点がどこかと言いますと、長谷部選手だったと思うのですね。頭に血が上っていたのかもしれませんが、それよりも、むしろ彼が描いている図と、他の選手たちの描いている図が異なるのだと解釈しています。


実際、後半になると、長谷部選手がボールに触り指示を出す場面が増えたと思うのですが、彼の指示と周囲の感覚とに根本的にずれがあり、周囲がリズムを崩されてしまった、という印象。結果、柴崎選手にも香川選手にもボールがいかなくなったと。それが、後半、集団が中途半端に停滞した原因ではないでしょうか。香川選手には確かにマンマークが付いていましたが、時折、ふらふらとマークを外しフリーになっている場面もありましたので、そこは滞ったこととはあまり関わりがないと思っています。



パラグアイ戦後、確か昌子選手が「ベンチからの先輩たちのアドバイスが聞こえたが、自分たちのピッチ上での肌感覚を大事にしてやった」というようなことを言っていたと思うのですが、その「差異」が今回はピッチ上に持ち込まれ、皆が長谷部選手の感覚に合わせた結果、リズムを崩し行き詰まった、という感じ。最後のインタビューで、長谷部選手が、失点後は攻守のバランスをしっかりとって、コミュニケーションをとって統一していくようにした、といったコメントをしていたと思うのですが、そこの部分の彼の「バランスの取り方」が、「新集団」の他の選手の感覚と異なるのではないかと思います。以前も書きましたが、長谷部選手も、実は本田選手同様「新集団のやりやすいスピード」に対応するのは難しく、個人的には、前監督のチームが勝てなかった原因の一旦が、この選手の能力の限界にあったとすら思っています。故に、前監督の幻のチームでは、基本全員サッカーとはいえ、長谷部選手はバックアッパーになるのではと想像していたのですよね……。



ですから本当はコロンビア戦では、例えば山口選手と長谷部選手を交代して、周囲のリズムを保つという方法もあったのだと思うのですが、現監督にはそういうオプションはおそらくなくて、今のところ、あの形では、あくまで二人のトップ下の併用が基本なのかもしれないと思います。


で、全体に(必然的に)手詰まり感が出たところで、トップ下交代となった、と。で、現監督の思惑通り、結果的には本田選手のコーナーキックから決勝点が生まれた、と。本田選手の活かし方も心得ていた、と言えるかもしれません。



ただし、本田選手が機能していたのは、出場してから長くて10分前後のことで、こと勝ち越し点以降目に見えて目立つようになったのが他の選手たちの守備でした。印象としては本田選手がボールを失うことは前提で待ち構えていて、次から次にカバーに出てきて、相手のチャンスを潰していくような感じ。交代するまでの大迫選手、柴崎選手もそうですが、特に酒井弘樹選手と原口選手は、意地というか覚悟というか、もう何とも言えない凄みを感じました。それが戦術だから、と言われてしまえばそうなのかもしれませんけれど、くだらないミスで負けてなるものかという気迫と言いますか。しかも、フルタイム走り続けての、最後の10分に、です。また、終わり近く(確か)この二人が抜かれ、中央に攻め込まれた時があったと思うのですが、そこに逆サイドから乾選手がスッと当たり前のように走りこんできてブロックした時には何だかもうすごいな、の一言でした。



ですので、印象としては、3−0で勝っていたかもしれないチーム(新集団)と、1−3で負けていたかもしれないチーム(旧集団)を折衷・融合させた結果、2−1で勝利する集団になった、という感じでしょうか。ちなみに、それぞれの集団の特性を鑑みると、3−0で勝つチームの得点者は不特定多数で、1−3で負けるチームの得点者もしくはアシストは本田選手だったろうと思います。


個人的には、前監督時代から、チームがうまく機能するかしないかの確率は50:50かもしれないけれど、機能した場合のチームは強い、と思っていましたので、その幻のチームの構成員を叩き台にしている現・新集団の、今の選手たちの出来や心構えの状態から考えれば、3−0で勝っていた可能性は高いと思っています。少なくとも、せめて長谷部選手に代わり山口選手だったならば。


乾選手が少し攻撃時に周りが見えていないようなところがあり、前半に得点は生まれませんでしたが、もし1−0で折り返せば、後半得点を決めていた可能性は少なくなく、もう1点先に入っていれば、失点もなかったのではないかと思います。だめ押しのもう1点は原口選手だったかもしれませんし、大迫選手だったかもしれませんし、酒井弘樹選手だったかもしれません。



と、これがコロンビア戦を観察しての、あの時点での集団のあり方の解釈です。



次にですね、この勝利により、現監督の「手腕」をひたすら讃える風潮のようですが、それの個人的解釈から、今後の集団の流れの予測へとつなげていきたいと思います。


さて、上記のように、現監督の今のチームは、二つの別のチームが合わさった形、もっと言えば、一つの集団(新集団)が、その中にもう一つ別の集団(旧集団)が存在することと認めた形なのだと思います。母体となる「新集団」が、せっかくポテンシャルの高い集団なのだから、「旧集団」などそもそもいならいような気もしますが、それを許さないところが、今の日本代表メンバーの難しいところだったのではないでしょうか。旧集団(本田・長谷部・長友選手)の力が、様々な意味で強すぎた・特異すぎたのですね。


現監督は、この「旧集団」の扱いを誤ったが故に前監督が解任にまで追い込まれた一部始終を見ていた訳です(一旦も担ったかもしれませんが)。当然、集団に致命的な悪影響を及ぼしかねない「排除」という動きはするはずがなく、さらに立場上(持ち駒の数と性質上も)完全ベンチに追いやることもできないのだと思います。色々な意味で、この集団で結果を出すための絶妙のバランスをとっている、と。ですので、確かにこういう短期決戦の「日本人」集団をまとめ上げることには長けた監督なのではないかと思います。選手間の化学反応を起こさせたいと宣言していましたが、持ち駒=選手の質と特徴を組み合わせ、マネージメントし、うまくこの特異な集団のバランスを保たせ、それぞれにある程度納得させ、うまくいく素地を作っているというのが、現監督の行っていること、と思います。


で、ならば新集団の確変の大元、結束の拠り所は、もしかして素直に現監督なのかしら、とも思い解釈を進めてみたのですね。が、それだと何かがどうもしっくりこないのです。コメント等では「選んでもらった恩返しを結果で」「選手の意見を聞いてくれる」「監督が一番大変だと思う」といった監督への感謝や気遣い的な言葉を見かけるのですが、それと実際の選手たちの、ふとした態度や別の言葉が結びつかないのです。どちらかというと選手たちの態度と言葉から見えてくるものは、「監督を信頼して全て任せる」よりも、「決めるのは監督なのだから、任せるしかない」という感じ。結束の拠り所となるには弱すぎる気がするのです。



ので、一度監督を離れて、新集団の選手たちの実際のピッチでの動きと、練習についての言葉に解釈を移してみます。


パラグアイ〜コロンビアの戦い方を見ていますと、どうも素人の目には、基本前監督の戦い方をしているように見える訳です。縦一辺倒じゃないし、パスもつなぐし、全然違うし、と玄人の方々には叱られそうなのですが、個人的には、そもそも前監督が縦一辺倒の自分の戦術を押し付けていたというのは、意図を理解しない外野が勝手に作ったイメージであって、中でやっている選手たちのコメントには「もっと自分たちでピッチ内の状況を踏まえて判断することが必要、かつその自由は許されている」というようなものが多々ありました。実際、今、結果を出しているメンバーというのは、そういう類のコメントを出していた人々です。


かつ、練習等のコメントを読んでいると、現集団の戦い方やピッチ上での約束の決め方は、「選手間で話し合い、意見をぶつけ合い、それを監督がまとめる」というやり方に集約されていると思います。で、選手たちの中から出てきたものを統括した形が今の戦い方とするならば、やはりそれは前監督の残したもの、前監督時には体現できなかった課題を選手たちが継続して、選手たちなりに解釈・解決した戦い方、ということなのだと思います。その下地の上に、現監督のフィニッシングタッチが加わっている感じでしょうか。



さらに、これまでの経緯を見ていても、戦い方を見ていても、また他の選手たちの行動を見ていても、ピッチ上でのコントロールの仕方=「新集団」の基本の戦術を、他の選手たちに落とし込んでいるのは、実際には監督ではなく香川選手だと思います。基本のアイディアの出どころも、多くの場合彼なのではないかと思います。


で、なんとなくなるほど、と思うのは、香川選手=サッカーIQが高く、監督の頭の中の戦術をピッチ上に再現する能力に長けている選手が、欧州遠征の4戦を全て俯瞰する位置から観戦していたという事実。これは勝手な解釈ですが、故に、香川選手は、観戦した四試合から、前監督が本戦の三試合でやろうとしていた戦術の、少なくとも方向性だけは把握していたのではないかと思っています。本来の観戦の意図としては、自分がその中でどういう役割を果たせるのか、だったと思うのですが、それが今となってはチーム全体を救うことになっているのではないか、と。で、基本、現監督からの具体的な戦術の指示がない中で、選手たちが自主的に戦い方の議論をしてきたのだとしますと、そのベースとなったものは、香川選手が解釈した前監督の戦術プランなのではないでしょうか。それを、豊富な経験から一番よく理解し、周囲に示すことを手伝ったのが、岡崎選手。で、当然、その中で実際にプレイしていた選手には、その意図は分かりやすく合理的なわけで、それが選択され、磨かれ、ピッチ上で遂行されてきた可能性は高い、と。


ので、皮肉なことに、前監督が解任されたことにより、選手たちが前監督の戦術(に近いもの)を体現できるようになった、というのが真実に近いのではないかと考えています。結局、前監督は「旧集団の核」を排除しようとして内外部から反発を受け失脚したわけで、かつこの「旧集団」は、前監督が監督である限り、そのやり方に不満を持ち続け、まっとうに遂行しようとすることはなかったと思う訳ですね。だから、前監督の時にはうまくいかなかった。ですが今は、前監督からの押し付けという形ではなく、選手たち全員が自分の頭で考えるようになった上、多数決で「選手がやりやすい形」として「自分たちなりに進化させた前監督的な戦術」を選べるようになった、と。かつ、現監督になってから、「旧集団」のやりたい形を試してうまくいかなかったという事実と実際の結果があるわけですから、不満のある旧選手たちも従わざるを得ないと。



という訳で、現監督という人は、選手たちが化学反応を起こせるような配置・状況にすることに長けているが、成功するには「選手たち自身に化学反応を起こすだけの素地があること」が前提。故に、選手に恵まれればうまくいくタイプの監督ということ、と解釈しています。


今回の過程の中では少なからず幸運の要素もあったと思いますが、現監督のこれまでの功績は「旧集団」の的確な扱い方であって、彼らをうまく配置し「新集団」が機能する機会を邪魔させず、かつ「新集団」に自分たちの頭で考える機会を与えたこと、と個人的には思っています。上記のように実際の「新集団内の化学反応」自体は、選手たち自身が、前監督の時から継続して行っていることを発展させて起こしている、選手たち自身の功績と思いますので。


(故に、新集団の選手たちを使う以上、この集団のこのW杯での成功の、監督が担った部分が称えられるとするなら「ハリルホジッチー西野」の功績と併記されるべきと思います。西野JAPANというよりも、ハリル西野JAPANが正しい、と。まあ、そんなことは協会が絶対に認めないと思いますけれど(苦笑)。本当はそう認めてしまうほうが、ハリルのままではダメだったと頑なに言い続けるよりも色々楽なはずなんですが……)。


ちなみに、前監督は試合を見ていないと言っているという記事を読みましたが、もし前監督が日本の試合を見たならば、少なくとも試合の半分は、自分が行おうとした戦い方であり、かつ選手たちは自分の叩き込んだ教えを守り戦っているのであって、大切に育ててきた宝を現監督に奪われたように感じているかもしれない反面、とても嬉しいのではないかと想像しています。前監督は、選手たちのことを「My boys」(フランス語で)と呼んでいたという何かをどこかで見ましたが、その「My boys」が自分の教えを遂行し強くなっている姿をみれば、やはり嬉しいものなのだろうな、と。



ここで、選手たちに話を戻し、現在集団内の関係はどうなっているのかを想像してみます。


上記のように、香川選手と岡崎選手が中心となって戦い方の基礎を高いレベルで他選手に伝え、それを受けて新集団が体現して見せたのがパラグアイ戦。若手に、戦術的な意味での考え方を伝えているのは香川選手、3度目のW杯という経験から本当に役に立つ心構えを伝えているのは岡崎選手という構造なのではないでしょうか。そこに、他の選手たちが共感し追随している、と。


以降もその構図は変わらないまま、コロンビア戦に臨んだのだと思います。また、個人的には、本田選手の「言葉」に集団が惑わされることがなかったのには、柴崎選手の急激な(精神面の)変化が大きかったのではないかと思っています。それと、大迫選手と原口選手の、純粋にサッカー選手として香川選手と一緒にやりたいと思う気持ち、あたりも大きいのではないでしょうか。守り守られ、ですね。こういうことこそ、個人的には一番効果的に香川選手を強くするのではと想像しています。



逆に、実際の結果や当人たちの言葉とは裏腹に、どうも長谷部・長友両選手が、他の選手たちと深いレベルで理解しあっているようには見えないのですね。そこに本人たちが気づいているのかどうか。少なくとも違和感は感じているかもしれません。試合後のインタビューでの両選手の、他の選手たちとは若干異なる言葉と不満気な(不安気な)表情も気になりました。仲が良いと言われる長友選手と香川選手ですが、もしかすると現時点においては、見ているものが違うかもしれません。


本田選手も、マスコミでのイメージとは異なり影では盛り上げ役になってかつチームの中心にいる、というような記事も見かけるのですが、どうもそれと選手たちの彼への態度が結びつかないように見えています。むしろ若手の選手たちには、どこか相手にされていないような。また、現監督が、今後この旧集団のベテランたちをどう扱っていくのかも、なかなか想像がつきません。


現監督への、選手たちのどことない素っ気なさも、旧集団をどう扱うのかへの不安、そして結局は彼らを「優遇」して自分たちに負担を課すんだろう、という思いが、若手の選手たちのどこかにあるからかもしれません。



ですから、現状一つにまとまってはいるものの、現監督および旧集団と、新集団の心の距離感は実はかなりあり、考えていることもずいぶん異なった状態ではないかと想像しています。


ただし、新集団の面々がこれまで自分たちが積み上げてきたものを証明して見せる、自分たちができるということを結果で見せてやる、という意思で、そこの部分(不満)を割り切って自分たちの中で受け入れている、という感じ。「俺たちは、この中で、この状況で戦って結果を出さなきゃいけないんだ、出してやるという覚悟」が結束の拠り所なのかもしれません。遠からず「前監督」ではあると思いますし、選手たちにもそれぞれ、色々思うところはあると想像するのですが……。



この、集団内の微妙な緊張関係がうまく続くことを祈りますが、それは全て現監督の集団の扱い方にかかってくるのですよね。


結果が出ているうちはまとまりますが、少しうまくいかなくなった時に、亀裂はどうしようもなくなってしまうはずです。現在でも、こと、大迫選手と柴崎選手は、旧集団=本田選手トップ下でのプレイはしたくないという嫌悪感を抱きつつ、それを抑えてプレイしているようにも感じます。また、どんな意図で言ったにせよ、ミスしても失点に繋がらなきゃいいとの本田選手の発言を、死ぬ気で走ってそのミスをカバーしている他の選手たちはどのように捉えたのでしょうか。


集団に、目的に沿って揃えられた控えがいなさすぎるところも気になります。新集団が試合の中で行き詰まる・疲れてきた時、現控えメンバーを使った別のオプションが、仮に現監督の頭の中であったとして、それはきちんとピッチ上でW杯で通用するレベルで遂行できるのでしょうか。


正直なところ、これまでに成功した2戦は、試合への入り方を、香川選手の力にかなりの部分頼ってきているように思います。現監督が、そのあたりをどう理解して、どんなメンバー構成で今晩の試合に挑んでくるのか、気になるところです。個人的に、香川選手を中心とした選手たちの中では、マリ戦という基盤の上に進化させた形があるのではないかと思うのですが、もしかして、ここで現監督の独自色などの大博打を打ってくるのでしょうか……。それが当たるのかもしれませんが、選手たちの意見を尊重した布陣が見たいのが正直なところです。


ここで、やはり個人的に戻ってきてしまうのが、前監督でこのW杯を見たかった、なのですけれど。個人的には、やはり久保選手、中島選手、森岡選手、三竿選手は、現・新集団のような戦い方をする上では必要な要員だったのだろうなと感じています。柴崎選手の急速な成長ぶりを見ますと、さらにそう思いますが、今更仕方がないのでもう封印(苦笑)。


ともかく、今晩のセネガル戦を期待して待ちます。



Players

決別と出発

またしても日本代表です。
今回は、解釈ではなく印象を一気に書き綴ります。このままでは、この集団はいけないとかなり強い危機感を覚えましたので。


結果オーライの引き分け、殊勲の引き分けという感じになっていますが、個人的な印象は随分異なります。
前回、この集団が基本、二つの異なるビジョンを持った集団が合わさった形という解釈を書きましたが、多分その解釈で間違いないな、それが現監督の明確な意図だなと感じた今回の試合です。かつ、今のままでは、集団が行き詰まる、もしくは勢いが失速してしまうと危機感を覚える試合でした。


前回と同じく、新集団で1点、旧集団で1点、合計2点と2失点の引き分けと思っていますが、旧集団での本田選手による1点というほうは、想定内のこと。彼は「そういう」活躍の仕方をする選手だと思います。これはこれで納得なのですが、よろしくないのは、「新集団で1点+2失点」というほうです。


個人的には今日の試合は、3対1で勝利(新)か、1対2で負け(旧)の試合が、新旧を融合させた形にこだわっているが故に、2対2の引き分けになった試合だと考えています。前回の試合の時には、この奇妙な内部分裂を内包した集団はどうなっていくのかしらね? やはり日本選手の集団には、日本的な曖昧なまとまり方があっているのかしらね、などとのんびり考えていましたが、やはり、こういう大会で、こんな曖昧な妥協を含んだ結束ではいけないのだと、心から思う試合になってしまいました。


やっていた選手たちも、少なからずそう感じていたように見受けられましたが、この集団が今、次試合に向けて真剣に考えるべきことは、なぜ「新集団の戦い方をしていた時に1点しか取れなかったのか」ということだと思います。そして認識すべきは「結局2失点している」という事実です。そこの原因を突き詰め、よくよく考えて、現監督に選手の起用をもう一度考えさせるべきと強く思っています。特に、現監督が選手たちの意見を「本当に」聞き入れる人なのであれば。


個人的には、これも前回解釈したことと同じなのですが、中盤の守りの要を長谷部選手にしては伸びしろはないのだと思っています。「いや、彼は効果的で頑張っていたし、守備もまとまっていた」と玄人の人々には見えるのかもしれませんが、素人が、集団のあり方の観点から見ていますと、彼のやりやすい方法に周囲が合わせたから彼が効果的に活躍できるのであって、その分、周囲の負担が増えている、のだと思います(香川選手や昌子選手)。


今のような戦い方の基盤を作ったパラグアイ戦では、確かに2失点しましたが、4得点しています。本来、この戦い方を、失点を抑える方向に磨き上げるべきところ、そもそも、この戦いで行っていた、山口・柴崎両選手の超攻撃的守備を捨てて、長谷部選手の堅実守備を組み込んでいるところに、新集団の行き詰まりの原因があると思っています。うまく言えませんが、守備が間延びして数テンポ遅いので、攻撃に移った最後の最後で、数歩分、攻撃陣に余裕がないのです。おそらく本当にほんの数歩分なのですが、おそらく非常に大きな違い。それが、決定的な場面に決めきれない主な原因と思います。あのドイツチームだって、入らない時はゴールは入らないのですから、仕方がないものは仕方がないのですが、今の日本に限って言えば、うまくいっていない原因は明確にそこにあるように思います。単純にぶっつけで4得点できていたチームが、長谷部選手が入り、万端の準備をしての2試合では、各1得点しかできていないのです。


本田選手が、冗談か本気かこの試合前に「皆が自分が活躍する場をセットアップしてくれているので」と言っていたことを思い出しましたが、まさにそうなっています。彼が1点取ることができるようにするために、他が3点とれる方法を捨てているのが、今現在の集団の方向性です。他の選手たちは本当にそれでいいのでしょうか?


いや、パラグアイは親善試合だし相手は弱かったし、今はW杯本戦だし相手は強いし、という言葉が聞こえてきそうですが、それはあまり関係ありません。準備を整え長谷部選手のやりやすい守備方式にした結果、前試合は1失点、今試合も2失点と、結局無失点で抑えられているわけではないのですから。次のポーランド戦にこそ、今の集団が本当に目指すべきところが目指せるか、や、この集団の真の意味での成功への足がかりが掴めるか、がかかっていると思います。そして、そこに旧集団の面々が中核を担うものとして入っていてはいけないのです。というか、それをしては、芽を潰してしまうのです。


次戦までのこの3日間で、集団内の、新旧問題に良い意味でけりをつけるべきで、やはりそこを曖昧にしていてはいけないと思います。今、集団の雰囲気もいいし、まとまっているので、という試合後の誰かのコメントを聞きましたが、個人的にはそれは表層に過ぎないと思っています。そして、今回の試合は、またそれをきっちりと表面化させるいい機会だと思っています。


大迫選手が決定機を逃し、本田選手が「チームを救った」ことで、また集団内に微妙な空気感が芽生えると想像していますが、新集団の選手たちは「本田選手は、チームの一員として、彼自身の担うべき責任として、このセネガル戦を引き分けに持って行き、チームにとっての先への望みを繋いでくれた。これを無駄にしないぞ。以上」でいいのだと思います。個人的には、これで彼のこのW杯での役割は終わったのではないかと思っていますし、新集団の選手たちが、そう、きちんと終わらせなければいけません。さらに言えば、長谷部選手、おそらく川島選手、長友選手も同様です。それを行動で示し、この集団のもつポテンシャルを最大限に発揮する方向に導くことができるのは、新集団の面々だけです。おそらく現監督には、そういう判断はできないのでしょうから。いえ、もしかしたら、今ならできるのかもしれません。このままで行けば、負け、良くて一勝二分けで予選敗退だと肌で感じているかもしれないですし。


物事には色々なことが一気に変わる潮目というものがありますが、今、ここでこの流れを上手く良い方に流せさえすれば、新旧問題も、前監督との確執も、本田選手の欲と執念の落としどころも、さらなる結果も、全てがまるく収まり手に入るという正念場のような気がします。今こそ、このタイミングで、旧集団は後ろに引き、新集団の真の意味でのバックアッパーになるべきと思いますし、今しかないタイミングと思います。自分たちは若手の力を借りてここまで来て、その力を証明したのですから、ここから先は、自分たちの夢を託すために、若手にバトンを渡す時と思います。もし、現監督がそれに成功するなら、そこではじめて、彼の手腕は称賛に値するものになると、個人的には考えます。


ですから、次の試合は、新集団が思い切りやりたい形で、一番やりやすい方法で挑み、このW杯や、次世代のチームの足がかりをそこからリスタートさせて欲しいです。個人的には、先発から長谷部、長友、川島の3ベテラン選手を外し、パラグアイ戦同様、山口選手をキャプテンにしていいのではないかと考えています。乾、原口選手の位置を入れ替え、原口選手を主戦場に戻すのもいいと思っています。一旦、吉田選手を外し、植田選手でもいいとも思っています。勝っていないのですから(むしろ今日は負けに等しい)、チームをいじるなの定石はあてはまりません。そして、香川選手はそういう中でこそ、より力強く集団を引っ張って行ってくれると、今日の試合で確信しています。結局のところ、真の結束と献身が彼を強くするのであって、生ぬるい妥協の中で犠牲になってはいけないということです。原口選手、大迫選手、柴崎選手も同様です。


旧集団勢は、今の彼らに出来る最善の形を追い求め成果を収めました。問題は、そのままではこれ以上の伸び代は見込めないということです。そして、彼ら自身がそれを悟れる最善のタイミングだと思うのです。


今度は新集団の選手たちが貪欲に自分たちの最善の形を求める番です。


個人的には、前回の試合結果があまりに嬉しくて「集団内で互いに牽制しあう中、新集団の中で守り守られている」という生ぬるく甘っちょろい解釈をしてしまっていたことを反省。やはり、個々が本当の意味で持てる力を最大限にを出し切り、それぞれが、それぞれ結果を出し集団内での立ち位置を勝ち取らなければ。その上での結束です。うまく言えませんが、新集団は「妥協」を結束の拠り所にしてきたのだと思います。故に、コロンビア戦での修正点を間違った方向に(無難に下方)修正してしまい、その結果がセネガル戦の引き分けと思っています。今、その拠り所が崩れましたから、新集団が分裂しかねない状況のようにも思えます。


ですから、今度こそは、負け試合を引き分けに持って行ってくれた、という旧集団方向に納得しては絶対にならず、勝ち試合を勝ちきれなかったという方向で正しく集団を修正していくべきだと思っています。一回ぐらいは、W杯で、頭から最後まで「新集団らしい」戦いが見たいですし、自分たち自身のためにも見せなければ。旧集団は新集団の足を引っ張るのではなく、後押しをしなければ。そのためには、今引くことです。


次が、この集団にとって、泣いても笑っても本当の本番なのだと思います。現監督にどれだけの覚悟と戦術眼と見極めの力があるのかわかりませんが、少なくとも選手たちに声をあげることが許されているなら、次戦へ向けての論点は、ただ一点、長谷部選手がやりやすい守備の仕方では、攻撃がうまく生きにくい、で、そこを強く訴え改善する(=山口選手に変える)ことだと思うのです。相手が敗退の決まったポーランドである等は関係ありません。妥協をしては、後悔するだけです。



Players




追記:

ポーランド戦で、川島選手先発か?という記事を見かけましたが、個人的には、長谷部選手を外すのであれば、それで賛成です。それに、思い切って左に原口・酒井豪徳選手、右に乾・酒井宏樹選手とか……。真ん中に香川選手、その後ろに柴崎・山口両選手。ここまできたら、後ろは思い切って植田・昌子両選手のほうがうまく行く気もします。で、岡崎選手先発、切り札に大迫選手、疲れてきたところで前の右に宇佐美選手か武藤選手、もしくは大島選手。次の試合に限っては、終盤勝っていても同点でも負けていても最後まで守りに行く必要はなし。守備重視、攻撃重視、ではなくて、常に守りながら常に攻撃。まあ、あくまでサッカーではなくて、集団の関係性から考えて、ですけれど。香川選手も任せるところは任せ、まずは自分が得点、周りを生かすのはその後で、くらい気持ちのほうがうまく行く気もいたします。影の黒子よりも表の魔法使いでいた方が多分色々合っています。