イメージコントロール

先日、たまたまテレビで首相の記者会見を見てしまいました。
いよいよ辞任かと思いきや、内容は無に等しく、要約すると:


   自衛隊の手柄は私の手柄。原発の責任は東電の責任。私はすごく
   一生懸命総理の仕事をやっているし、一定の成果も出している。
   あなたがたは、それをきちんと評価するべきだ。


でしょうか。一国の首相の発言とは思えない、聞くに堪えないものでした。



……ここ暫く、この裏ブログでは、こんな内容の事ばかりを
書いていますが、もう少し、お付き合いください。今回は、具体的に、
まだまだ現在進行形の危機である、原発の事について思うところを……。
これは、どうしても、少しでも人目につく所に書いておきたいのです。



実は、会見で気になったのが、「東電の責任」という言葉でした。確か、
補償について、首相が繰り返した言葉だったと思いますが、
イメージが独り歩きしそうな、危険な言葉です。実際、ひと月以上たった
今も、原発の状況は落ち着いておらず、被害は広がり「東電」に対する
目に見える批判材料が、山ほどあることは確かです。


が、個人的に、福島原発事故に関しては、根本的な部分で、
ずっと腑に落ちないことがあり、今回、それについて、少しきちんと
調べてみることにしました。腑に落ちなかったのは、「原子力緊急事態宣言
という言葉です。地震発生日に政府から出された宣言ですが、
この言葉が持つ危機感と、今回の事故に対する一連の対応とが、
どうも一致しなかったのです。



ですので、この宣言が具体的に何を意味するのかを、調べてみました。



ざっくり言いますと、これは、「原子力災害対策特別措置法」という
法律があり、そこに定められる「原子力の異常事態」が起こった時に、
内閣総理大臣」により発出されるものだそうです。


さらに色々と調べてみますと、原子力事故に関しては、日本には
随分しっかりとした対策システムが用意されていたようです。
緊急事態の為の対策センター(オフサイトセンター)が
国内各所に設けられており、緊急時には、ここを起点に
「特別措置法」に基づいて、すみやかに対応できるように
定められていたらしいのですね。



原発事故が起こった時に、このシステムが働く、大体の流れを書きます:


  異常事態発生
    ↓
  原子力事業者から国への通報
    ↓
  内閣総理大臣による、「原子力緊急事態宣言」の発出
    ↓
  「原子力災害対策本部」設置(本部長・総理大臣)、同時に現地に近い
  対策センターに、「原子力災害合同対策協議会」立ち上げ
    ↓
  「国の現地対策本部」を現地対策センターに派遣
    ↓
  緊急対策実施の必要機関全ての相互協力=すみやかな実施
    ↓
  事態収束へ


原子力災害対策本部」というのは、首相以下、事態解決に必要な
全ての省庁トップ(大臣など)が集まる中枢会議、
対策センターの「合同対策協議会」というのは、警察、消防、医療、
自衛隊、消防機関、原子力専門家など、必要とされるあらゆる分野の
専門家が、現地対策センターに集う会議だそうです。このセンターに、
様々な情報が集められ、それが「国の現地対策本部」を通して、
すみやかに災害対策本部に上がってくる、という訳ですね。


とても分かりやすいチャートがありましたので、
ご興味のある方は見てみて下さいね。
http://www.nisa.meti.go.jp/genshiryoku/bousai/heijyo_01.html




で、このシステムを見て理解する限り、原子力事業者(この場合東電)は、
異常事態発生の報告をした後は、「合同対策協議会」の一員となり、
各専門家と共に、主要協力者の立場となるようです。災害対策の
全決定権と責任は「対策本部本部長」=内閣総理大臣に移り、
その「本部長」が、現地から上がってきた情報を基に、災害対策の全体の
方針を迅速に決めて、様々な方向に指示を出す。そして、それを
対策本部・協議会が協力しすみやかに実行に移す、という構造のようです。


原子力災害の危険性、特異性、広範囲・多規にわたる被害、
日本と言う国の構造を考えて、こういう特別な災害対策システムが、
作り上げられていたわけですね。


ですから、「原子力緊急事態宣言」を出すということは、
このシステムを使いますよ、という内閣総理大臣の意思表示です。
この言葉にはやはり、その響きに伴う実質的な機能があったのですね。



しかし、です。今回、その「緊急事態宣言」こそ発出されたものの、
本来、それに伴い設置されるはずの「原子力災害対策本部」が
発足している気配がありません。どころか、首相は、
この「宣言」の意味するところを理解しておらず、故に、既存の
この危機管理システムを使うことができなかったらしい。それは、
原子力災害対策本部」「オフサイトセンター」
原子力災害合同対策協議会」「国の現地対策本部」といった、
マスコミがこぞって使いそうな言葉が、あまり使われていない
ことからもうかがい知れますよね。



以下、新聞記事からの知識です。



今回の原子力災害対策の、一連の動きを見てみますと、地震発生が
3月11日14時46分。16時36分に原子炉の異常事象が確認され、
同日19時40分過ぎに、「原子力緊急事態宣言」が発令されています。
でも、次に目立った行動が見られたのは、3月16日以降。ですから
4,5日間がほぼ無策のまま過ぎたということになります。その間に、
水素爆発などが起き、事態は深刻化していますね。


驚くことに、この間、首相=災害対策本部長は、どうやって、誰に
指示を出すのか、知らずにいたらしいのですね。そして、周りが
動かないことに腹を立て、独断で、別の対策組織を立ち上げ続けた、と。
勿論、独自の対策組織といっても、付け焼刃的に集められた
もので、メンバーも、自分がなにをするのか分からないままですから、
実際の機能は無に等しいですよね。その後、助言を受けて、首相が、
とにかく(多分放水作戦に関する)指揮系統をまとめる指令を出したのが
16日、故に、総力を挙げての実質的な放水作業が始まったのは、17日。



で、異常事態発生報告のあった11日以降、首相が、具体的になにを
していたかというと、「東電」に対し、個人的に、様々な細かい「指示」を
出していたようです。新聞にもよく取り上げられていましたが、
海水注入やベントなどですね。これに対して、東電の反応は鈍かった、と
書かれ、これも東電批判の材料になっているようです。が、前述のような、
きちんと定められた災害対策システムがあったことをかんがみますと、
東電の動きが鈍かったのも、納得できる気がします。



東電側は、とにかく戸惑ったのではないでしょうか。本来、報告事務を果たし、
これから事態の収拾に向けて、対策協議会の一員として、「本部長」の
総括的な判断と指示を待つ、という立場の人々が、その「本部長」から、突然、
まるで現場の作業員長が「とりあえずこんな案はどうでしょう?」と言って
出すようなレベルの意見を、「命令」として与えられ、しかも、実質的な
サポートはほぼ得られないまま、とにかくその命令を実行せよと
言われたようなもの、と察しますから。


奇妙な例を使いますと、キャンプなどで、皆で、さあこれからどうやって
カレーを作って行こうか、という時に、全決定権を持つリーダーが、
誰に何をどう担当させるかという全体的な決定をしないまま、
豚肉を持ってくる担当だった人に、「豚肉は腐らないうちに、早めに
調理した方がいい、危険だからよく炒めるんだぞ、さあすぐやれ」
と言っているようなものです。勿論、鍋、火、他の具材の調達に関する
指示はほぼ一切なし。それでいて、「俺はカレー作りが上手いんだ、
とにかく俺の言う事を聞け」と言っているようなものと思います。



少し、話がずれましたが、本筋に戻しますね。


ですから、それこそ、11日に異常事態を報告した後、
12日から16日までの五日間、東電は首脳陣から作業員に至るまで、
それこそ死ぬ思いだったはずです。入念に用意されていた緊急災害
対策システムが、首相と言う全権掌握者の手で、止められてしまって
いるのですもの。八方ふさがりの中、本来、自分たちの手には負えない
事態を、どうにかして悪化させないよう、必死だったはずで、復旧作業に
回している手などなかったと考えるのが妥当と思います。東電首脳陣も、
その無策ぶり、初期対応の甘さを叩かれていますが、単純に考えて、
後に自衛隊や消防、米軍など複数の機関の手が入り、やっと何とか、
ある程度の冷却までこぎつけることが出来たものが、
それ以前に、一企業の力で、何とか出来たとは考えにくい。


それに、もともと、原子力災害とは、一企業では手に負えない
特殊な災害だからこそ、特別な災害対策システムが
入念に用意されていたのではないでしょうか。


そして、「原子力緊急事態宣言」が発令された時点で、定められたように、
きちんと「原子力災害対策本部」が設置され、特別措置法に基づき、総力を
結集して、冷却機能の破損に対する対策が取られていたら、この事故は、
ここまで大きくなってはいなかったのではないかしら。



結局、国の手助けもないまま、いつのまにか、全責任を負う形で、
しかも、政府が命じたであろう気の遠くなるような回数の記者会見義務、
政府の思い付きのような計画停電実施の現場対応などを、同時にこなしながら、
空白の5日間を耐え抜いたのですから、本来、現場・首脳陣を含め、
東電はむしろ称賛に値するのではないか、とさえ感じます。



東電首脳陣を安易に庇いたいわけではないのですが、
本来在るべき非のみを指摘・糾弾されるべきで、今のままでは、
間違えようも無く、決して許されるべきではない、首相・政府の過失を、
理不尽に負わされているようにしか、この目には映らないのです。


原子炉の異常事態発生の原因は、未曾有の大地震と大津波です。
(見通しの甘さ云々はもう少し後で議論されるべきことです)
そして、東電は、ともかく、発生後直ぐに、政府に対して、
異常事態報告義務を果たしているのですよね。


私見ですが、今回の事故に関する、東電首脳部の最大の非は、
災害対策本部長=首相が、その機能を果たしていないと悟った時点で、
毅然と「原子力災害は、本来、我々だけで処理するには限界がある。
特別措置法に基づく、確固とした原子力対策本部の設置を願う」と
発表しなかったこと、ではないでしょうか。
勿論、今、ここで言うだけは簡単ですけれど……。




そして、以降、現在に至るまでの、処理の不手際、及び風評被害などは、
未だ的確な判断をし、的確な指示を出すことができずにいる、
首相・政府による人災と考えます。


忘れがちですが、東電の社員も首脳陣も、後に無茶苦茶に放水に
駆り出された自衛隊も消防隊も、皆「国民」なのですよね。そして、
原子力災害対策特別措置法は、原子力災害から、
「国民の生命、身体、または財産」を保護する為に作られたもの、
その実行を担うのが政府、国です。



今も、この人災は進行中と感じます。
しかも、首相と政府は、散々事態をひっかきまわし悪化させた揚句、
全てを東電任せにし、後始末を投げ出したようにこの目には映ります。


ですから、世論が「東電憎し」のヒステリーに陥ってしまっては、
「東電の責任」という言葉を使って、姑息にイメージコントロール
しようとした首相・政府の思うつぼになってしまうのではないでしょうか。


また、原子力災害に関する安易な対応や発表が、国内外に及ぼす
影響について、政府は自覚しているとは思えず、これは、
日本以外の国だったら、反政府デモが起こっていても
まったくおかしくない状況と思います。



政界では、やっと首相下ろしの動きが本格化し始めたようですが、
何となく全てが消極的で、与野党ともに、この期に及んでまだ政局を
窺っている様子が見え隠れする気もいたします。このままでは、最速で
政府を変えるのに、軽く2カ月はかかりそうです。そんな悠長に
構えている余裕が、本当に今、あるのかしら……。


何か奇跡が起こりますように、などと、ついつい祈ってしまい、
個人的には、安倍元首相の第一線への復帰を願います。静かながら、
一般にリーダーシップがあるとされる小泉元首相よりも、実質的な指導力
総括的な判断力、的確な想像力、そして、諸外国に対して堂々と振舞える
静の威厳があると感じるのです。



大きな余震がまだまだ続く中、原発は今も危険なまま。風評被害
国内外に広がるばかり。被災者の方々の生活も、今から検討するという
口約束ばかりで宙ぶらりんのまま。


今、とりあえず事態は収束したかのようなイメージが広がりつつありますが、
予測できない事が起こりうるのが、天災です。本当にさらなる何かが
起こってしまってからでは、遅いと思うのですけけれど……。


ともかく、まずは、真の「原子力災害対策本部」を作り、
私たち一般人を含め、あらゆる人々が協力し、解決に全力を
尽くしていかなければ、更なる大災害を生み出しかねないと憂います。



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